2011年4月から『月刊日本語』(アルク)で「教科書について考えてみませんか」という連載を掲載してから10年。2021年10月に「日本語教育の参照枠」が出て以来、現場では、コミュニケーションを重視した実践への関心が高まり、さまざまな現場で使用教科書の見直しが始まっています。「参照枠」を見ると、言語教育観に関して、「学習者を社会的存在として捉える/「できること」に注目する/多様な日本語使用を尊重する」という3つの柱が掲げられています。これは、2011年4月から『月刊日本語』で連載した中で述べていることに重なります。そこで、今回もう一度皆さまに当時の記事をご紹介して、ご一緒に考えていきたいと思います。教育現場では、今まさに<教科書を見る目、使う力>が求められています。教科書を軸に「対話」の輪を広げていきませんか。(嶋田和子/アクラス日本語研究所)
漢字を知らないと困るのはどんな時?
「できること」重視の教科書は、まず課の行動目標(何ができるようになるか)があり、その場面・状況で必然性のある文型を学ぶ、という仕組みになっています。今回は、その「できること」重視の教科書を使った授業で、漢字学習をどう進めればよいか、をお話ししましょう。
例えば『できる日本語』2課「買い物・食事」の行動目標は、「お店の人や友達と簡単なやりとりをして、買い物をしたり料理の注文をしたりすることができる」です。3つある「スモールトピック」のうち、「レストラン」での練習は、このような感じです。
次のような例が出て、下線の部分は、「鶏肉、牛肉、野菜……」と入れ替えて練習をします。
A:すみません。これは何の料理ですか。
店員:それは豚肉の料理です。
A: ぶたにく?「ぶたにく」は英語で何ですか。
店員:「pork」です。
A:そうですか。
ここで、日本語の学習を始めたばかりの2課で「牛肉、豚肉、鶏肉」の漢字を教えると言ったら、驚かれるでしょうか。
「できること」重視の教科書は、接触場面(外国語話者と、一般に母語話者と呼ばれる話者とのコミュニケーション場面)を大切にしていますが、それは漢字学習においても同様です。そこで、「知っていることで生活が便利になる漢字」をまずは学んでほしい、と考えるわけです。学習者が漢字がわからないために、迷ったり、間違ったりする場面を、避けたいと思うのです。
「豚肉」という漢字は、イスラム教徒の学習者にとっては、どうしても知っておく必要があります。他の学習者にとっても肉の種類はわかったほうが便利です。だから、画数が少なく、生活でよく使う「米、卵、茶」といった漢字を差し置いてでも、学んでほしいと考えます。
漢字を3つに分けて学ぼう!
ここで、「漢字を学ぶ」ということを考え直してみましょう。漢字学習は、
1.易しいものから出していく
2.教科書に出たものを拾っていく
3.「読み」と「書き」を両方同時に学ぶ
などと言われますが、本当にそれでいいのでしょうか。
まず「易しい漢字」といっても、学習者によって「難しい漢字/易しい漢字」の捉え方はかなり違います。
「教科書に出たものを拾う」場合、学習漢字の数や必要性の問題などが出てきます。
さらに、「できること」重視という観点からは、その漢字が「読めて書ける」必要があるかどうかは、場面によって違ってきます。そこで、「読み」と「書き」を分けて考えることが必要になってくるのです。
ここで、私たちが実施している「漢字の3分類法」をご紹介します。私たちは、下のA~Cのような、3種類に分けて考えています。
A 読み方と書き方を学習する漢字
B 意味と読み方がわかればよい漢字
C サインとして認識できればよい漢字
3分類法において、初級2課では、「豚肉」はBの漢字になります。この段階では、読み方と意味が結び付いていれば十分なのです。
さらに、教科書には出てこなくても、この段階で私たちが教えたいと考えている漢字に、「引」があります。スーパーやチラシでよく目にする「30%引」といった言葉は、学習者にとって大切な生活情報だからです。
このように、教師が「その漢字は、どんな場面で、何ができることが求められているのか」という発想を持つことで、漢字の授業は生き生きしたものになります。皆さんも、「できること」重視の考え方で、「できること」を大切にした漢字学習を進めてみませんか。
嶋田和子
アクラス日本語教育研究所代表理事。著書に『できる日本語』シリーズ(アルク、凡人社)、『OPI による会話能力の評価(共著)』(2020 年、凡人社)、『人とつながる 介護の日本語』(2022、アルク)など多数。趣味:人つなぎ、俳句 目指していること:生涯現役
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