2022年最初の「日本語教師プロファイル」でご紹介する木村賢輔さんは、20代、男性という日本語教育界では貴重な存在です。大学時代に日本語教育と出会い、日本語パートナーズ*1を経て、現在は、教育事業大手(株)ウィザスの傘下にあるフィリピンの語学学校PJ Linkで働いています。木村さんには、たくさんの夢があるそうです。日本語パートナーズの経験、現在の活動や夢の実現について語っていただきました。
「花屋の前にとめてください」と「花屋の前でとめてください」の違いは?
――日本語教師を目指したきっかけはありますか。
もともとは英語の先生になろうと思って大学で英語教育を専攻していました。先生になって人の人生に関わりたかったんです。なぜ英語だったかというと単にカッコいいと思ったから。大学3年の時に履修ガイドを見ていたら日本語教育副専攻も取れることがわかって、じゃあって思って「日本語教育概論」を履修しました。その授業で今でも覚えているんですが、先生が、「タクシーに乗っているとき、『花屋の前に止めてください』と『花屋の前で止めてください』ではどう違いますか」と言いました。日本人として使い分けているはずなのに、それを言語化できない。どういうことだ? とすごく面白さを感じました。それで日本語教育のほうにハマっていったんです。
――日本語パートナーズに応募したのはどういうきっかけですか?
はい、一応教職課程も終えましたが、英語教師になるのはもういいや、でも企業に就職する気もないし、どうしようかなと思っていた時に、日本語教育概論の先生が、こういう活動があるけど受けてみたら? って勧めてくれたんです。締め切りまで1週間ぐらいしかなかったんですけど、先生が推薦状も書いてくれて。それで日本語パートナーズフィリピン4期に応募しました。試験は書類選考と、グループディスカッションも含まれるグループ面接で、特に日本語教育の経験は問われません。僕はどうしてフィリピンに行きたいか、フィリピンに行ったら何ができるかなどを話して、運よく合格しました。
自分を変えてくれた日本語パートナーズの経験
――日本語パートナーズ派遣先のフィリピンではどのような活動をしていたんですか。
週のうち月曜日から木曜日までの4日はケソンにある中学校、金曜日はマカティの中学校で現地の日本語の先生のサポートをしていました。そこでは国際交流基金マニラ日本文化センターが作った、Can-Doベースのテキストを使っていました。『いろどり』を中学生向けにもう少しシンプルにしたようなテキストです。
それから日本文化紹介の活動もたくさんしました。みんなで寿司を作ったり、書道をしたり、浴衣を着たり。人生で一度も巻きずしなんて作ったことがなかったのに、あたかも作れますよという顔をして生徒に教えていました。
――巻きずしを上手に巻くのは難しくなかったですか? それに巻きすはどうしました?
僕、おしぼりを巻くのが得意だったんで、その要領でやればできるかなと思って。巻きすはフィリピンにある100円ショップで調達しました。
――日本語パートナーズの経験は木村さんにとってどんなものでしたか。
自分の中の「普通」を変えてくれたものだったと思います。ある時、クラスに消しゴムやペンを持ってこなかった学生がいて、「なんで持ってこなかったの?」と責めるように聞いてしまったんですが、実はその子はお金がなくて持ってこられなかったんです。その時、自分の常識に当てはめて指導しようとしていたことに気づきました。まずは自分の「普通」とか「常識」というフィルターを通さずに、目の前にいる学生のことを見て、背景に何があるのか考えることが大切だと感じました。その経験のおかげで人として変わったと思います。
今は東京からフィリピンの学校にオンライン授業
――日本語パートナーズを終えて日本に戻ってからは?
やっぱり日本語教師をやろう! と思って帰ってきてすぐ日本語教師養成講座に通い始めました。英語スクールで仕事をしながら1年間のコースを修了、その後すぐにまたフィリピンへ行きました。確か養成講座を修了したのが2019年10月8日で、フィリピンへ行ったのが10月10日ぐらいです。フィリピン滞在中に、現在の勤務先であるPJ Linkに声をかけてもらっていたので、そこで教師として働くためです。そこは英語と日本語を教える学校でした。ここで教える仕事以外にマーケティングや学習者のデータベースを作る仕事もしました。日本語教育の方はビジネスパーソン向けの日本語研修です。フィリピンにある日系企業や日本企業に就職予定の方の訪日前研修、そのほか技能実習生の訪日前研修もありました。でも、実はこのオフィスで勤務したのは5カ月だけなんです。2020年3月フィリピン政府の指示で学校の対面授業ができなくなってしまって。学校まで数分のところに住んでいたんですが、自宅からオンライン授業を行っていました。
――そうなんですか。現在(2022年1月)は日本にいらっしゃるんですよね。それはどうしてでしょうか。
実は日本語教育能力検定試験を受けるために2020年10月に帰国したんです。オンライン授業なら日本から行っても同じなので。それまで副専攻と日本語教師養成講座は出ていましたが、もう一つ検定試験に合格すれば、日本語教師の資格がコンプリートできると思って。
日本からのオンライン授業は、働き方としてはいいと思っています。フィリピンは電波が弱いなどの問題がありましたが、日本ではその心配がありませんから。ただやっぱりオンラインで教えてきた学習者に会いたい! っていうのはありますけど。
YouTubeライブで、世界の日本語学習者とつながる機会を作る
――オンラインでどのような授業を行っていますか。
基本はクラス授業です。一応使う教材は決まっているのですが、コース終了までに目標を達成できれば、ある程度自由にやることは許されています。それで教室で学習したことをただ先生やクラスメイトと共有するだけでなく、外の人にも見てもらえば達成感や喜びが大きいんじゃないかと思って、YouTubeライブを始めました。学習者が自分たちでストーリーを作って、それをYouTubeライブでアフレコするわけです。この活動の一番のポイントは視聴者からアセスメントをもらうことなんです。Googleフォーム経由でもらったフィードバックを学習者、僕、視聴者みんなで見るんですね。いわば公開反省会です。するとグアムの人だったり、タイの人だったりが見てくれて、学習者もわぁっ! って。音声での直接的なやり取りはできないけれど、間接的にでも自分たちの伝えたことに反応があるというのはうれしいんです。僕がやらなければフィリピンの学習者がグアムの人と日本語でつながるということはなかったでしょうし。
――その活動を発表もされてますよね。
はい、釜山日本語教師会とJLESA2021(南アジア日本語教育フォーラム)で発表しました。
夢はたくさんあります!
――これからやっていきたいことについて教えてください。
まずは自分の学校を作りたいという希望があります。これまで企業研修をやってきましたが、日本企業で働きだしてから、日本語がわからないという声を聞くんです。それまで研修で日本語を勉強してきたのに仕事に役立っていないという現状があるようです。なので、業種別に働き始めてからすぐに役立つ日本語研修をやっていきたい。自分自身、無駄が嫌いなんです。例えば日本の英語教育は今、小学校3年生から10年間も勉強するのに、終わってみたら何だったんだろう、話せるようになっていない。それはどうなのか?と。だから学習者の時間を無駄にしないように使える日本語を教えていきたいです。そして「しごとの日本語」って言ったら、あいつの学校だ! と言われるようになりたいですね。
それがうまくいけば同じコンセプトで英語の学校も作りたいです。単に英語だけでなく英語YouTuberとか、英語エンジニアとか+αのもの。
さらにロングストーリーになりますが、若い人も応援したい。インターン生もバンバン受け入れて。
本当に夢はたくさんあって、いろんなことをやってみたいです。そしてお金持ちになりたい(笑い)。夢見る日本語教師って呼んでください。
――これから日本語教師になりたい人、特に木村さんと同年代の方に何かアドバイスはありますか。
そうですねぇ。まず日本語学校だけが働き場所じゃないこと。自分を見つけてもらうためにSNSなど何か発信することをやってくださいということ。
それから自分自身も外国語を勉強してほしいと思います。その人が外国語をマスターできないのに学習者に教えられるのかな? という思いもあります。こんなことを言うと炎上するかもしれませんが。とにかく学習者の気持ちにもなれるし、勉強することは大切だと思います。
また新しい考え方等も勉強すること、年上の人に、なぜそれがいいのか聞かれたとき、感覚じゃなくてちゃんと理論で説明できることも重要だと思います。もし、理論で説明してもわかってもらえないなら、その学校は離れたほうが……。それで僕と一緒に働きましょう。(笑い)
取材を終えて
自分のことを「わんぱく教師」とも称していた木村さん。しかし木村さんのような若さとエネルギー、これからの日本語教育界に絶対に必要です。日本語教師の未来を明るいものにしていくためにも、感覚だけの年上教師にならず、若い先生たちを応援していきたいと思います。
木村さんのSNS:https://linktr.ee/kensukekimura
取材・執筆:仲山淳子
流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。5年前よりフリーランス教師として活動。
*1:日本語パートナーズ:国際交流基金が東南アジアを中心としたアジアの中学校や高校等に派遣し、現地の日本語授業のアシスタントや日本文化紹介を行う。
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