初中級レベルまでに学んだ文法は、実はコミュニケーションの土台となるとても大切なものです。土台がしっかりとしていなければ、その上にいくら新しい文法や語彙を積み上げても、簡単に崩れてしまいます。でも、どのように復習すれば……? そんな悩みを解決するための、新しいタイプの文法教材『日本語文法ブラッシュアップトレーニング』が発売されました。著者であり、日本語ジャーナル発足時から様々な記事をご執筆くださっているベテラン日本語教師・仲山淳子さんに、お話を聞きました。(インタビュー:アルク編集部)
不思議な偶然の連続で、日本語教師に
――いつも読みやすい記事をありがとうございます。今回は著者という立場でお話を聞かせてください。仲山さんは、ご自身も日本語教師として活躍されていますが、日本語教師を目指したきっかけは何だったのですか。
実は私、noteを初めまして、そこら辺のことをものすごく詳しく書いておりますのでぜひ読んでいただきたいのですが(笑)、特に志を持って日本語教師を目指したわけではないんです。一般企業に勤めていたときに、何かもっと別のことがしたい。海外旅行好きだし、あわよくば海外で働いてみたいなと思って、勢いで会社を辞めて。たまたま本屋さんで見つけた雑誌に日本語教師養成講座が載っていて、通ってみることにしたのがきっかけです。養成講座在籍中に日本語教育能力検定試験も合格して、修了後はバイトをしながら、その学校で非常勤講師として働きました。その後少しの間日本語教育から離れた時期もあったんですが、縁あって新宿の日本語学校で働けることになり、そのままその学校で、気付けば25年間も教壇に立ち続けていました。
フリーランスになって気付いた「日本語教師に必要な力」
――今はフリーランス日本語教師として活躍されていますが、今までどんなところで教えてきたんですか?
日本語学校を始めとして、大学、大学院、専門学校、企業、国立の研究所などでも教えましたし、自分で探して小学校の外国人児童の指導も経験しました。通算60カ国以上、本当に色々な人を指導する機会に恵まれましたね。今は特定の教育機関だけでなく、フリーランス教師として活動していますが、使う教材や教える内容など、全てを自分に任せてもらえます。そういう点が自分のスタイルに合っていると思います。
――逆に言うと、自分で教材を選んだり、自分でコースを組み立てたりする力が必要ということですね。
そうですね。日本語学校でだけ教えていた時の自分の欠点は、学校で使用していた教材以外、あまり教材を知らなかったことだと思います。これから日本語教師を目指そうとしている人、今日本語教師をしている人は、ぜひいろんな教材を自分の目で見て、教材を選ぶ力、教える対象のニーズをくみ取る力を身に付けてほしいですね。
上級学習者にも、基本的な文法を整理する時間が必要
――それでは、改めて『日本語文法ブラッシュアップトレーニング』を作るに至った経緯を教えてください。
最初のきっかけは、日本語学校の上級クラスで文法の総復習の授業を受け持ったことでした。
その授業をしているときに、上級の学生なのに、「を」と「が」を間違えている学生がいたんです。
しかも、「文の最初に使うのが"が"でしょ?」と。もしかして文型で助詞を覚えていて機能で覚えていなかったの? という疑問が湧きました。でも思い返してみれば、直接法の授業では、しっかりと機能を説明することはできませんよね。だからこの学生のように、ある種のパターンでなんとなく覚えてしまっている人は意外と多いのではないか、こういう人たちに、しっかりと機能の整理をしてもらう時間が必要なのではないかと思いました。それで学生たちにやってみたいことがあるか聞いてみたら、「は」と「が」の使い方をもっと知りたいとか、「と・ば・たら・なら」をやりたいなど、上級になったからこそ生まれる疑問がいろいろと出てきたので、それらを整理できるようなプリント教材を作ったのが始まりです。
――そのプリントを使ってみて、反応はどうでしたか?
概ね好評でした。ただ、クラス「によっては、反応が二つに分かれたこともありましたね。対象レベルが上級レベル(N1保持者も多数)の学習者たちだったのですが、中には「自分は上級レベルなのだから文法復習など必要ない」と思っている人もいました。コースの初めに一人一人文法チェックをしているので、みんなが間違えている項目などを取り上げてやっていたのですが、やはり文法の復習は自分が上手だと思っている人には効果が薄く、文法に自信がないと言っている人ほど、しっかりと「間違えなくなる」という効果が出ていたと思います。
――自分の日本語に自信を持っている人には、素直に復習してもらうのは難しそうですね。
はい、ある程度日本語ができていても、「これは自分にとって大切だ」と思ってもらうこと、気付いてもらうことが大事なので、特に上級クラスでは授業の進め方が難しかったですね。まず文法項目について先に自分で説明してもらったり、プライドをくすぐるような文法の専門用語を出したりして、モチベーションが上がるように工夫していました。「その文法に興味を持ってもらうこと」がポイントですね。
――『日本語文法ブラッシュアップトレーニング』の構成も、それを意識したものになっていますね。
そうですね。この本では、実際に私が受け持っていた学習者が実際にしてしまった「誤った日本語」が掲載されているのですが、まずその誤用例を見て、どこがどうしてダメなのかを自分で考えさせるところから始めます。その理由は、正に学習者自身に間違いのポイントを探すことで、興味をもってもらうためです。その後、実際にその日本語ではどういうことになるのか、どう伝わってしまうのかをイラストで確認します。例えばレッスン26課では、「友達が急に変な髪形にしてきて、僕は驚かれました」という誤用を取り上げています。使役受身形を使うべきところで受身形を使ってしまうことは結構よく見られる誤りですが、行為者が変わってしまう重大な誤りです。それをはっきりと伝えるために、イラストで視覚から訴えることにしました。イラストレーターの岡村さんがこちらからの細かい注文にしっかり応えてくださいました。イラストだけでも結構面白くありませんか?
――はい、かなりインパクトのあるイラストで、なるほど文法を間違えるとこんな意味になってしまうのかと思いました。
ですよね。『日本語文法ブラッシュアップトレーニング』は私が授業で使った教材を基にしてN3レベル程度の人でも使えるように表現などを調整していますが、上級の学習者相手でも十分使える教材です。もし上級のクラスで使うなら、「どうしてダメ?」の部分や「ポイントチェック」の部分を学習者自身に説明してみてもらってもいいと思います。もししっかりと説明できれば、それは完全に理解できているという証明になりますし。レベルに関係なく、多くの学習者に、文法の整理に役立ててもらいたいです。
文法の復習教材だけど、文法にこだわりすぎないでほしい
――『日本語文法ブラッシュアップトレーニング』を使う際に、先生に気を付けてほしいことはありますか?
このテキストは文法の復習教材ですが、その目的は、
・学習者が文法に自信を持てるようになること
・学習者が「自分が考えていること」をうまく(自在に)表現できるようになること
です。なので、文法の確認よりも、アウトプットを意識してほしいと思います。そのために、各課には最後に必ず「自分のことばで…!」という何かしらの形でアウトプット活動を入れています。そして、使う先生に最も覚えておいてほしいのは、「文法項目ばかりにとらわれないでほしい」ということです。例えば受身の課のアウトプットで、学習者が受身形を使っていなかったとしても、「受身を使っていないからダメ」と言うのではなく、その人が日本語で正しく表現できたかどうかを見てあげてほしいです。その上で、「日本語ではこういう表現の方が、もっと相手に伝わるよ」というアドバイスをするとか。自分の頭の中にあることが正確に日本語で表現できていれば、それはとても素晴らしいことじゃないですか。
――確かに、その通りだと思います。この本を使って、日本語が自在に使える人が増えてくれるといいと思います。本日はありがとうございました。
仲山 淳子(なかやま じゅんこ)
流通業界で働いた後、日本語学校の非常勤講師として各レベルの学習者の指導、日本語教師養成講座の講師を務め、5年前フリーランスに転身。企業や専門学校、個人レッスンの他に、アプリやeラーニング教材の開発にも携わる。日本語教師となって約30年、まだまだ進化中。
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