1957年に創立されたアジア学生文化協会は、アジア各国と日本の若者が相互理解を深めることを目的として、アジア文化会館(ABK)を中心とする学生宿舎の運営や、日本語コースなど各種の教育・文化交流事業を長年にわたり行ってきた公益財団法人です。この協会を設置母体として2013年に設立されたABK学館日本語学校では、2017年から日本語教師向けの勉強会を続けてきています。教務主任の亀山稔史先生にお話を聞きました。
長年の日本語教師歴から大事にしたいと思ったこと
――亀山先生の日本語教師デビューはいつですか。
30数年前に中国の大学で日本語を教えたのが最初です。
――なぜ中国に行かれたのですか。
私はもともと言葉や文学といったものが好きで、高校生時代の古文・漢文の授業から中国文学へと関心が広まり、中国の大学に留学していたのです。
その後、日本に戻ってきてからは、自分も中学生時代にお世話になった埼玉県の学習塾で国語などを教えていたのですが、その塾の塾長が社会的な意識の高い人で、日本語学校を作ろうと考えたのです。
――ちょうど上海事件*1などが起きた頃ですか。
はい。問題のある日本語学校もありましたし、埼玉県で留学生が餓死する事件が起きたりした中で、塾長は留学生のためにちゃんとした日本語学校を作りたいという情熱を持っていました。それで、私(亀山)をアジア学生文化協会に日本語教師の修行に行かせたのです。
――その後、埼玉の日本語学校の計画はどうなったのですか。
いろいろと事情があって、結局、日本語学校は立ち上がらなかったのです。それで私はそのままアジア学生文化協会に残ることになりました。当時から協会は、学生寮や留学生相談室の運営、日本人にアジアの言葉を学ぶ機会を提供する講座などさまざまな活動を展開していました。1983年に開設された日本語コースも、もともと中心だった大学の学部進学コースだけではなく、就職や大学院進学など学部進学目的ではないコースも設けていました。私は、進学目的ではないほうのコースを主に担当しました。その後、1994年にアジア学生文化協会と関係の深いタイの泰日経済技術振興協会(TPA)に語学アドバイザーとして派遣されました。当初は2、3年ぐらいと言われて赴任したのですが、居心地が良くて(笑)、結局6年半をタイで過ごすことになりました。
――泰日経済技術振興協会(TPA)というのは、どういう機関ですか。
通称をソーソート―とも言います。1973年に元日本留学生や研修生が中心となり、タイの経済発展のため、日本からタイへの最新技術や知識の移転、普及、人材育成を行うことを目的に設立された非営利団体です。民間の団体ですが、公的な事業にも関わっており、付属の日本語学校はタイで最大規模の日本語学校の一つです。
――6年半をタイで過ごし、日本へ戻ってきたわけですね。
2000年に日本に戻り、再びアジア学生文化協会で日本語を教え始めました。2013年に学校法人のABK学館日本語学校が設立されたことで、私もアジア学生文化協会からABK学館日本語学校に籍を移しました。
――長年にわたり国内外で日本語教師としてさまざまな経験をしてきて、何か大事にしていることはありますか。
そうですね、あまり無理をしないということでしょうか(笑)。結局、何事も無理をすると続かないし、嫌になってしまうんですね。ひどいときには心身の健康を害してしまったりします。ABK学館日本語学校の教員室にも「自律、心身の健康、社会とのつながり」という紙を貼っているのですが、これは学生にも教師にも大切なことだと思っています。
オンラインで勉強会の参加者が2.3倍に
――亀山先生はABK学館日本語学校でABK日本語教育勉強会を主催されていますね。これはもともとどんな目的で始めたのですか。
目的は2つあります。1つは日本語教師に勉強の機会を提供すること、もう1つは日本語教師の孤立を減らすことです。日本語学校の特に非常勤の先生に話を聞くと、「何か分からないことがあっても気軽に質問・相談できる人がいない」という声がとても多いんですね。また日本語ボランティアの方に話を聞くと「ボランティア教室で教える内容に自信が持てない」という声が多い。そこで、分からないことがあれば何でも気軽に質問したり相談できたりして、その中で日本語の教え方に自信が持てるようになるような場を作りたいと思ったんです。
――日本語教育に限りませんが、どんなことでも初めは「こんなこと聞いたら恥ずかしい」「こんなことも知らないのかと言われてしまうんじゃないか」という恐怖心というのはありますね。
そういうことが極力ないように、勉強会の雰囲気づくりを大切にしています。講師の先生方も協力してくださっています。内容によって参加を初心者に限定することもありますし、タイトルをセミナー、講習会、講座などではなく「勉強会」としているのも、できるだけ参加する敷居を低くするためです。
――勉強会はコロナの影響は何かありましたか。
はい、コロナ以前は皆さんに学校に集まってもらって勉強会を行っていたのですが、コロナ以降はすべてオンライン形式に移行しました。そうしたところ、参加者の数が急増しました。2019年度はのべ632人だった参加者が2020年度には1,455人にまで増えました。これはオンラインになったことで、東京近郊にお住まいの方以外でも、例えば海外からでも気軽に参加しやすくなったということが大きかったと思います。
無理をしないことで続けられる勉強会
――これまではどんなテーマで行ってきたのですか。
できるだけ教室活動につながる実践的なもので、かつその背景に「考え方」があるものをテーマに選んでいます。これまで行った中で人気のあったのは、例えば初級の助詞など基礎的な文法の確認や教え方、模擬授業を通して考える回などですね。教材の著者が制作意図や活用方法を紹介する回も人気が高いです。参加者からは、自分がやっていることが確認できたとか、引き出しが増やせたという声がよく届きます。中には、その項目をなぜ扱うのかを考えたことがなかった、ただ教科書に出てくるから教えていたという方もあり、そういう方たちには大きな気づきの機会になります。
――勉強会の後は毎回、情報交流会というものがありますね。
学校に集まっていた頃は、勉強会の隣の教室に飲み物とお菓子を準備して、講師にも入ってもらって気軽にコミュニケーションできる機会を設けていました。オンラインになってからはzoomのブレイクアウトルームを使って、テーマごとにいくつかの部屋を設けて自由に参加してもらう形式を取っています。
――勉強会の参加者はどういう人たちが多いのですか。
8割ほどがリピーターです。教師歴は初心者からベテランまでさまざまですが、皆さん、この勉強会の雰囲気を気に入って、関心のある内容の回に参加してくださっているようです。あまりきっちりした形にしないで、例えばこれまで参加された方に不定期にお役立ち情報のメルマガのようなものを送って、その中で次回の勉強会をさりげなく案内したりしています。
――そういった手作り感、ぬくもり感がABK日本語教育勉強会の魅力ですね。無理をしない亀山先生のカラーが出ているように思います。今後の展望をお聞かせください。
今後については、コロナが収まったら、オンライン形式は残しながらも、対面形式の勉強会も復活させたいと思っています。また、日本語教師の中には、さまざまな努力や工夫をして教えている方もたくさんいますので、そういう方が参加者として参加するだけでなく、時には講師となって、多少なりとも講師料が入るような形にしていければと思っています。
――日本語教師の中には謙虚な人が多いので、もっと発信力を高められるようになるといいですね。最後に、亀山先生にとって、日本語教師の魅力とは何ですか。
私にとって、日本語教師の面白さの1つは、可能性の豊富さです。1回の授業の1つの例文でも、考えるといろいろと出てくるし、教える対象、教える場所などもすごい数の組み合わせになります。授業は一期一会と考えたら、無限大の可能性かもしれません。さらに、教師間の交流や研修もできるし、異分野の方との協働もありえます。
――自分でやろうと思ったら何でもできるということですね。
教材を作ること、インターネットでの発信や授業、友人は日本語学習用の歌を作っています。今できることはその中のいくつかだし、そもそも全部をする必要もないのだけれど、さまざまな可能性があるということ自体が、この仕事の面白さであり、楽しさでもあると思っています。勉強会もその一環として位置づけています。
――本日はいろいろと楽しいお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
ABK日本語教育勉強会の今後の予定はこちら。どうぞお気軽にご参加ください。
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