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日本語教師プロファイル井上くみ子さん―バラバラな経験でも無駄にはならないもの

今回ご紹介する日本語教師は井上くみ子さんです。井上さんは地域日本語教育コーディネーターの資格を持ち、埼玉県にある「地球っ子グループ・多文化子育ての会Coconico」の代表をされています。また、「やさしい日本語エバンジェリスト」として日本人向けの講座でも活躍中です。とにかく明るくバイタリティーあふれる井上さん、モンゴルでのびっくりするような経験や、多文化共生を目指す現在の活動、これからの夢など、たっぷりとお話を伺いました。

教科書もカリキュラムもない学校で、先生になる!

――日本語教師になるまでの経歴を教えてください。

はい、実は大学も就職も日本語教育とは全く関係なく、観光サービス関係でした。日本でしばらく働いた後、カナダで4年ほど生活しました。初めはワーキングホリデーで、その後はまた観光業で、ナイアガラの滝の案内をするガイドなんかをやっていました。日本に帰国してからは介護の仕事に就きました。でもカナダでの生活が思い出されて、旅行じゃなくて生活者として外国に住みたいなあと思っていました。それで海外での仕事を紹介するサイトを見ていたら、モンゴルに新しくできる小学校で日本人を募集する広告を見つけたんです。ほんの1、2行。「モンゴルで小学校作ります。日本人先生ほしいです」みたいな。今考えたら、相当危ない感じですね(笑い)。でも若かったし、「行こう!」って決めました。行くまでに3か月あったので、急遽「NAFL日本語教師養成プログラム」で日本語教育について詰め込みで勉強しました。

――モンゴルに着いて、いかがでしたか。

びっくりしました。生徒がいて、建物はあるけど、それだけしかなくて。給食の時間は決まっているけれど、あとは何も。教科書もカリキュラムもありませんでした。

そこはダルハンというモンゴルで2番目に大きい町ですが、ウランバートルが都会なのに対して、田舎と言っていいのんびりした町です。そこに日本語でイマ―ジョン教育*1を行う小学校を作りたいという校長の熱い思いが実現した場所だったのです。でも、そもそも日本も知らない、日本語にも興味がない子どもたちに、何をやっているのかさえ通じていないと感じて1日目には帰りたくなりました。

――でも、そこで、ともかくも教え始めたわけですね。

はい。その当時、モンゴルの教育制度では入学が6歳からと決まっておらず、私は1年生のクラスを担当しましたが4歳から9歳までの子どもたちがいました。イマ―ジョンなので、モンゴル語以外の教科はすべて担当しました。つまり日本語だけじゃなくて算数も、音楽も体育も図工も。はじめはコピー機もなく15人分の教科書をすべて手書きで作りました(その後、あまりに大変なのでコピー機はすぐ用意してもらいましたが)。手作りの教科書のいいところは、例文にクラスの子どもたちを登場させられることでした。子どもたちは自分の名前を教科書に載せてほしくて、よい行動をしようと頑張ったんです。マンガもあまり見慣れていないようだったので、教科書に自分の顔のイラストが載るのも喜びました。なぜ自分が日本語を学んでいるのかも分かっていない5,6歳の子どもたちを、飽きさせず引き付けるためには何でもやった気がします。

また全部の教科を日本語で教えるということは、例えば自然に音楽や体育で「て形」を耳に入れておいてから、日本語の授業の時には文法説明をしなくてもすでにたくさんの例文を聞いているようにするとか、単語を覚える時は、体育の授業で、走って単語カードを取りに行くなどができました。そんなことをしていたおかげで、子どもたちはあっという間に驚くほど日本語ができるようになりました。あれから、もう18年ほどたっていますが、彼らとは今でも交流が続いていて、日本で働いている子、日本人と結婚して日本に住んでいる子もいます。途中で日本語から離れてしまった子もいますが、幼い頃に身に付けた日本語は忘れないようです。教えている時には、もしかしたらこの子たちの人生を狂わせてしまっているんじゃないのかと思った時もあったのですが、今でも慕ってくれて、彼らの人生で最初の日本語の先生であることはうれしい限りです。余談ですが、遠足でウランバートルに行ったとき、モンゴル日本センターにいらした村上吉文先生*2にお会いしました。田舎から日本語ベラベラの小学生の一団が来てびっくりしたそうです。

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「地球っ子グループ」での活動

――モンゴルから帰られた後は?

介護の仕事に戻りましたが、結婚、出産があり、仕事はやめることになりました。子育てを1年ぐらいしていた頃に、多文化子育ての会Coconicoに出会いました。図書館でやっていた「おはなし会」にたまたま子どもを連れて参加したんです。そしたらモンゴルの方がいて、「わぁ懐かしい。モンゴル語でしゃべってもいいですか?」って。Coconicoというのは、もともとはさいたま市の日本語指導員の方たちが作った日本語勉強会「地球っ子クラブ」から立ち上がったグループでしたが、その後、私が代表を引き継ぐことになりました。私自身も子どもを連れて集まれる場が欲しかったんです。

――Coconicoと「地球っ子クラブ」について教えてください。

はい。「地球っ子クラブ」は学童期の外国人のお子さんとお母さん、Coconicoは小学校に入る前のお子さんとお母さん、そしてもう一つ「てんきりん」というグループもあって、こちらは二つのグループに入らない大人の方です。この三つで「地球っ子グループ」というグループを作り、合わせて月10回~12回程度活動しています。私はCoconicoの代表ですが、全てのグループに属しています。どのグループでも日本語の教科書を使って教えるというようなことはしていません。たとえば「地球っ子クラブ」では、教科の学習で「ありの行列」の単元が始まると思ったら、みんなでいろんな餌を持ってありを見に行きました。グラムやデシリットルなど単位の学習が始まるなら、その前にホットケーキを一緒に作ります。測るものによって測り方や単位が違うことを説明ではなく体験を通して知ることができるんです。子どもたちには勉強させられている気持ちを持ってほしくないし、自分で学んでほしいからです。

一方、Coconicoで大切にしていることは、集まる場、学び合う場、活躍できる場を作ることです。子育て中のお母さんは日本人でも孤立しやすい、まして外国出身ならなおさらです。そして私が日本人だから一方的に教えるのではなく、外国出身のお母さん同士が学び合い、教え合う場を作りたいと思っています。なぜなら、たとえば出産に関して、日本人である私の何年も前の古い情報より、最近出産した外国出身のお母さんの情報の方が確実に役に立つからです。私自身も子育てに関しては、外国出身のお母さんたちにたくさん教えてもらいました。そしてもう一つ大切にしていることは活躍の場を作ること。料理教室だったり、おはなし会だったり、グループの外国出身ママたちが日本人に教えるという機会を作っています。日本人が教えるだけではないんです。これは外国出身の方の親子関係にも良い影響があると思います。単純に子どもたちが「お母さんすごい!」と思えますし。「日本語ができるようになったら、友だちができて、社会で活躍できる」という順番ではなく、日本語がまだそれほど上手でなくても社会へ出て活躍すれば、友達もでき、日本語は必ず上手になるんです。

――これらの活動はボランティアとして行っているのですか。

そうですね。ただ文化庁からの助成を頂いているので多少の活動費は出ています。

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やさしい日本語エバンジェリストとして

――「やさしい日本語」を広める活動もされていますね。

はい。文化庁の研修を受けて地域日本語教育コーディネーターとなったこともあり、自治体や学校、ボランティア教室などから研修の依頼がくるようになりました。日本で仕事をしたり生活したりするため、外国人は何100時間も日本語を勉強しています。その100分の1、たった2~3時間でもいいから受け入れる日本人の側が「やさしい日本語」を知って環境を整えれば、お互いに良い関係が作れるし、その結果日本語の上達も早くなるということに気づいたんです。それで数年前から、自治体職員の方々や教育関係者、ボランティア教室や技能実習受け入れ施設等々、外国の人と接する方々に対して「やさしい日本語」研修を行ってきました。現在は、『入門・やさしい日本語』の著者である吉開章さんの「入門やさしい日本語」認定講師養成講座講師兼スタッフもさせていただいています。

――「やさしい日本語」はかなり認知されてきましたか。

そうですね。日本全国に「やさしい日本語」の使い手を増やすことが目標です。ただ「やさしい日本語」というと言葉の言い換えのルールだとか技術面だけに目が行きがちです。私たちは、言葉をを簡単にするやさしさだけでなく、本当の意味の多文化共生につながる「やさしい社会」を作ること、そこを目標にしていきたいと思っています。

「日本語を教えよう!」と思わないで

――これから日本語教師になろうと思っている人に伝えたいことがありますか。

うーん。なんだろう。あ、「日本語を“教えよう”と思ってはいけません」ということかしら。日本語教育というと、日本人が教える人で外国人が教えてもらう人という立場になりがちですが、そうではなく相手から伝えたいことを引き出せる人。外国人に「日本語で私に何か教えてください」と言える人になってほしいです。またこの先生ってどういう人なんだろうと興味を持たれることも重要かなと思います。日本語だけ詳しくてもダメというか、やっぱり人間力を磨くことも必要ですよね。

――これからの夢はありますか。

いろいろバラバラなことをやってきたけど、すべての経験が無駄になってないなあと思います。ここにきてようやく集約されてきたというか。それで今ハマっていることは手話です。同じ日本社会で育ってきてこれほど言語と文化が違うことにすごく驚きを感じています。聾(ろう)教育に学ぶことは本当に多いと思います。日本語の先生には是非知ってほしいと思っていますし、私も今後何かやれたらいいなあと思います。多文化共生と言うと日本人と外国人のことと思いがちですが、日本の中にもいろいろな人がいる。障碍者も健常者も。やさしい日本語が広まれば、外国人だけでなく障碍者や高齢者、みんなにもやさしい。異文化というのは日本対外国の文化でなく、一人ずつに違いがある、それぞれが持っている文化のことです。外国人だから優しくしましょうではなく、当たり前のことですが、日本人同士も外国人も皆が仲良くしましょうというのが私の言いたいことですね。

取材を終えて

覚えたての手話で毎日聾者とおしゃべりしたり、前述の吉開さんの主催するFacebookグループ*3で外国人メンバーのためのお話会を開催したり、介護職の経験を活かして介護の日本語の講座を行ったり、本当になんでもできちゃうくみ子先生。「お忙しいでしょう?」とお聞きすると「忙しいけど、今の働き方は自分で時間をコントロールできるし、どこにでも仲間がいるから」とおっしゃっていました。

取材・執筆/仲山淳子

流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。5年前よりフリーランス教師として活動。

*1:イマ―ジョン教育:外国語を教科として学ぶのではなく、手段としてその他の教科を学習する教育方法。この場合は算数や音楽などの教科も日本語で学ぶ。

*2:村上吉文先生:日本語教育コンサルタント。アルク『しごとの日本語 IT業務編』著者。以前に日本語ジャーナルにも登場(https://shop.alc.co.jp/blogs/nj-news/entry/20200827-vr-lesson

*3:Facebookグループ:The Nihongo Learning Community

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