どこまでも続く広大な大草原のイメージが強いモンゴルですが、近年は大相撲などを通してスポーツや文化の交流も盛んです。モンゴルの学校も他国同様、コロナの影響を受けて休校の時期が長くありましたが、その間に子供たちが自宅でも日本語学習が継続できるよう、日本語教育用の動画が100本以上も作成され、公開されました。お話を伺ったのは、首都ウランバートルで日本語を教える中西令子先生と佐藤慶一先生です。
ユーチューブチャンネルNihongo DE Ganbaru MON
https://www.youtube.com/channel/UCbGc38Ts7gWMzucEY_gKXkA
小学1年生から日本語を学び始める
――まずお二人がモンゴルで日本語を教えることになったきっかけを教えてください。
中西:私はまだ社会主義国家だった時代に初めてモンゴルを訪れました。その時に、ウランバートルの美しさに魅了されてしまったんですね。いつかこの国に住みたいと思うようになりました。でも、その頃は日本人が自由に移り住めるような時代ではありませんでした。1990年代になって国が民主化され、私の夢もかないました。当時は政治的な理由もあり、ロシア語は唯一外国語として必須科目でした。西側諸国の外国語を学んでもいいという政府の許可が出て、当時、その中で最も人気があったのは日本語でした。それで知人を通して、第54番学校という公立学校に日本語クラスを立ち上げました(ちなみに、いたずらっ子の朝青龍が当時在校生でした)。そこで16年間日本語を教えて、2011年にモンゲニ学校に移って今に至ります。
佐藤:私は大学では初等教育を専攻したのですが、たまたまボランティアで通っていた学校に外国人が多かったんですね。その時に、自分がこの子供たちのようにマイノリティの立場だったらどんなふうに感じるんだろうと思って、卒業後すぐにモンゴルに来ました。初めは地方の学校でイマ―ジョン教育*1をやってほしいということだったのですが、実際にモンゴルに来たら、地方のイマ―ジョン教育ではなく、首都で日本語教育をやってくださいという、全然違う話でした(笑)。私のモンゴルのイメージは小学校の教科書で読んだ「スーホーの白い馬」なのですが、ウランバートルは都会でイメージが違いますね。
――今はどういう子供たちに日本語を教えているんですか。
中西:私が今教えているモンゲニ学校の「モンゲニ」というのは、「モンゴルの遺伝子」といった意味合いで、モンゴル人の民族性を重視した学校です。12年制の小中一貫校で、東洋言語学科の子供たちは1年生の後半から日本語を学び始めます。
佐藤:私が教えているノムトラナン学校も12年制の小中一貫校です。日本語の授業は1年生から必修で、月曜日から金曜日まで毎日、日本語の授業があります。私は1~5年生を教えているのですが、コロナの影響で帰国した日本人の先生が再入国できなくなってしまったこともあり、今は中学生のクラスも担当しています。
――小学1年生から日本語を学ぶんですか。随分早い時期から外国語教育が行われるんですね。
動画を活用して日本語学習を楽しくする
――コロナの話が出ましたが、学校が休校の間に動画をユーチューブにアップして、子供たちに見てもらったそうですね。もともとユーチューブは積極的に活用されていたのですか。
佐藤:私はコロナの1年ほど前頃から、個人的にユーチューブチャンネルを作って動画をアップしていました。なので、動画を作ったりアップしたりすることには慣れていたんです。ただ、一人でやっていると、再生件数が増えないとなかなかモチベーションも維持できません。それで、他の先生方も巻き込んで一緒に動画を作るといいのではないかと思い、中西先生に声を掛けたんです。
中西:私は動画制作は全く初めての経験でした。実はモンゴルというのは人の移動が大変多いという土地柄で、毎日のように学校に転入生が入ってくるんですね。それで初めて日本語を学ぶという子供たちには、平仮名から教えなければならないわけです。
佐藤:そうすると毎日平仮名を教えるのは大変なので、まずは平仮名や文字の動画を作って、初めての子にはそれを見てもらうようにしたんです。もちろん子供たちはモンゴル語の字幕がないと分かりませんから、オロンログ学校のブルガン先生にも協力してもらい、字幕を付けてもらっています。
――平仮名以外にはどんな動画を作ったんですか。
佐藤:工作系と学習系に大きく分けて動画を作っています。工作系というのは、日本語で説明しながら何かを作るような動画です。例えば、折り紙でダルマを作って願い事を書いてみるといったような動画を作りました。学習系では漢字の動画の人気が高いです。
中西:工作系では、極力「家にあるもの」を利用して作ることを紹介しています。というのは、モンゴルの子供たちはそういう習慣があまりないんですね。何か作ると言っても、インターネット上にあるものをただプリントアウトするぐらいで、何かを創意工夫する楽しさを伝えたいと思っているんです。これは保護者からも好評で、完成した作品と一緒に撮った家族の写真などをよく送ってきてくれます。
佐藤:私たちが作る動画は、例えて言えば「オマケ付きのお菓子のようなもの」だと思っています。オマケに魅力があれば、オマケをもらいにまたお菓子を買ってくれます。日本語の動画が楽しければ、また動画を見に来てくれます。そのうちに自然に子供たちが日本語が好きになり、日本語が上達してくれればと思っています。
他の学校の先生にも子供たちにも広がる活動
――子供たちだけではなく保護者のことも考えているんですね
佐藤:保護者だけでなく、モンゴルの他の日本語の先生方も参加してくれています。動画をユーチューブに上げておくと、もちろん自校の子供たちだけではなく、他校の子供たちも見てくれます。ウランバートルには日本語を教えている学校が30以上はあり、そこにはそれぞれ日本語の先生がいます。その先生方にも声を掛けて、動画に出演してもらったり、動画制作を手伝ってもらったりしています。
中西:そうすると、その先生方の学校の子供たちにも好評なんですね。普段学校では見せないような表情を動画では見せてくれたりするんです。普段は厳しくて怖いモンゴル人の先生が多いんですが、動画の中では明るくて、楽しそうだったりしています。動画を通して、教師の新しい一面も見えてくるんですね。
――コロナにより世界の教育現場ではいろいろとマイナスの面も多かったと思いますが、動画を使って活動を家庭や他校へも広げていく手法は素晴らしいと思いました。動画制作は根気のいる作業ですが、短い期間に100本以上もの動画をアップされたことも素晴らしいですね。本日はありがとうございました。
中西令子(なかにし・れいこ)
1995年より、国立第54番学校に勤務。モンゴルの学習者に向けた教科書『できるよ』(2001年)、JFスタンダード準拠の教科書『できるモン』(2014年)作成チームに参加。現在、モンゲニ学校勤務。
佐藤慶一(さとう・けいいち)
大学時代、日本語を母語としない子どもたちへの学習サポートや保護者へのケアを研究。卒業後、単身モンゴルの小中高一貫校で日本語教師に。現在は首都ウランバートルで教員をしながら、初中等日本語教員を対象に定期的な勉強会や日本と関わりのある帰国子女への支援、「野球を通して日本語を学ぼう」などの『活動』も行っている。
*1:対象となる外国語を使って他の教科を学ぶ方法。例えば、日本語を使って算数を学ぶなど。
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