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「悲しくて涙が出る」ほど、日本語の文字習得は苦労する

日本で育った日本人は普段、苦もなく使っている、ひらがな・カタカナ・漢字などの日本語の文字。これらの文字を外国人学習者が習得しようとするとき、大きな壁が立ちはだかります。私も、長年日本語を教える中で、何度も学習者の文字習得への苦労を目の当たりにしてきました。

そもそも日本語の文字の特徴とはどのようなものでしょうか。日本語の文字を日本人はどのように、どれだけの時間をかけて身に付けているでしょうか。
このコラムで、それらを客観的に、学習者の視点を交え確認することで、学習者の文字習得にかかる労力を把握し、授業作りを見直すきっかけとなれば思います。(鈴木英子:(公財)宮城県国際化協会地域日本語教育アドバイザー)

種類もの文字を織り交ぜて使うのが日本語

ある日のこと、フィリピン人のアダさんが「どうして日本人はたくさんの文字を使うんですか」と、ため息をつきながら聞きました。「えっ、たくさんの文字?」。アダさんの話によると、ひらがなだけで書いてあるものは読めても、複数の種類の文字が組み合わせてあると、何が書いてあるのか理解できないというのです。

そう言われて眺めてみると、買い物に行けば「お買い得」「カード利用で5%OFF」「税込み¥880」、町の中では「とまれ」「駐輪禁止」「急カーブスピードおとせ!」など、私たちを取り巻く生活場面には、実に複雑な表記の仕方があることに気付きます。アダさんは「日本人って本当に不思議」と話していました。どうやら私たちの使っている文字は、アダさんだけでなく多くの日本語学習者を苦しめているようです。

現在、地球上で話されている言語は、少なくとも3000、分類の仕方によっては6000くらいあるといわれています。しかし、世界で使われている主な文字ははるかに少なく、40~50種類しかありません。その中で、日本語のように多種類の文字を使っている言語は、他にどのくらいあるのでしょうか。

日本人は、小さい頃から当たり前のようにひらがな、カタカナ、漢字を習い、アルファベットを加えて4種類もの文字を織り交ぜながら使っていますが、そのような国は世界広しといえども、実は日本だけなのです。

かつては文字のなかった日本語ですが、後に中国から伝来した漢字を基にひらがなとカタカナが創案され、三つの文字は日本人の生活の中に脈々と息づいてきました。表音文字の「かな」と、表意文字の漢字を巧みに使い分けてきた先人の知恵を思うと、おのずと尊敬の念が湧いてきます。しかし、こうした表記体系を学習者の立場から考えるどうでしょうか。日本語を学ぶために、3種類もの文字を習得しなければならないということになるのです。

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「先生、日本人はいくつ漢字を勉強するのですか」

さらに表記に用いる文字の数を他言語と比較してみましょう。英語はアルファベット26字を覚えれば単語を作ることができます。韓国語は24字、ロシア語は33字、タイ語42字です。一見難解そうに映るアラビア語も28字(学説によっては27字あるいは29字)覚えれば、表記することができます。

一方、日本語の文字はどうでしょうか。まずは、ひらがなからです。よく「五十音」と言いますが、現代仮名遣いでは「や行」と「わ行」は重複する文字があるので、全部で46字になります。カタカナも同様に46字です。では、漢字は何字になりますか。

私は初めて外国人に漢字を教えたとき、「先生、日本人はいくつ漢字を勉強するのですか」と聞かれ、返答に詰まってしまいました。もし、皆さんが同じように質問されたら、どう答えますか。そもそも日本人は学校教育の中でどのくらいの漢字を身に付けているのでしょうか。普段はあまり考えることのない漢字の数ですが、ここであらためてその過程を整理しておきたいと思います。

現在、日本で採用されている「常用漢字」は、一般の社会生活においてわかりやすく通じやすい文章を書き表すための漢字使用の目安として、2010年11月の内閣告示で2136字が定められています。1つの漢字が、常用漢字として「この漢字は大切だ」「この漢字はいらないだろう」と区別されるまでには、いろいろな統計調査から出てくる漢字の出現頻度に加えて、日常生活でよく使われるかどうかなどが考慮されます。

こうして採用された漢字を、日本人は小学校から学びます。最初に学習するのは、日本語を母語とする子どもが、国語を読んだり書いたりするために必要な漢字です。小学校では、児童の心身の発達に応じた学習能力を考えた上で、児童の生活に関係の深い教育漢字が、常用漢字から1026字選ばれています。中学校では残りの1110字を学び、「書く」ことよりまずは「読む」こと、文や文章の中で使い慣れることを目標としています。つまり、日本の漢字教育は義務教育が終わった段階で常用漢字がある程度読めるようになり、さらに高校で書けるようになって学習が完結するという仕組みのようです。

大変だが避けては通れない漢字習得

少々長くなりましたが、こうした日本人の漢字教育を踏まえた上で、もう一度外国人の立場から日本語の文字数について考えてみてください。ひらがなとカタカナだけで既に90字以上の数になりますが、そこに漢字が加わるのですから、他の言語と比較するまでもなく数の多さは雲泥の差です。

さらに問題なのが、日本人は義務教育の9年間を費やして漢字を身に付けるのに対して、学習者の場合はそうはいかないということです。特に、日本語能力試験N1合格を目指す留学生は、わずか1,2年という短さで2000字余りの漢字を習得しなければなりません。そのため学習者によっては、できれば漢字の勉強はしたくないと考える人もいますが、勉学や仕事など、社会の中に根差す活動が多くなればなるほど、漢字の必要度が高くなり、その習得は避けては通れないものとなるのです。

ある韓国の女性が、「ひらがなを覚え、カタカナも何とか覚えたのに、その上漢字まで覚えなければならないと分かったら、悲しくて涙が出た」と話していました。初めて漢字に接する学習者にとって、漢字は高い崖に「はしご」を掛けて登るような大変さがあるのです。

 今回は「日本語の文字」についてあらためて考えてみました。私たちが当たり前のように行っている日本語の表記は、世界の言語と比べても類がないほど複雑多様であり、特に外国人学習者にとって漢字学習の負担は非常に大きいものだといえます。私たちはそのことをしっかりと受け止めて、学習者が漢字の難しさから日本語の勉強をあきらめることのないよう、楽しく効果的な授業作りについて考えていかなければならないと思います。

次回 「漢字は悪魔が作った文字?漢字学習のハードルが高い原因を探る

執筆/鈴木英子(すずき・えいこ)

(公財)宮城県国際化協会地域日本語教育アドバイザー、東北中国帰国者支援・交流センター日本語講師。元国語教師で、28年前、初めて日本語ボランティアとして漢字クラスを担当し、「国語教育」と「日本語教育」の違いを痛感する。以降「教室が楽しい」「日本語も漢字も面白い」と思ってもらえるような授業作りを目指して模索を続けている。
著書に『使って覚える楽しい漢字』((公財)宮城県国際化協会)共著、『日本語教師の7つ道具シリーズ2 漢字授業の作り方編』(アルク)共著、『どんどんつながる漢字練習帳 初級』『同中級』(アルク)共著。
漢字教育士。第2回白川静漢字教育賞 最優秀賞受賞。

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