新型コロナウイルスが日本全国に広がる中、教育機関では授業をオンラインに切り替える動きが加速しています。日本語学校での実践については、以前に「緊急リポート―全校でオンライン授業を実施。新宿日本語学校の場合」でお伝えしましたが、今回は岐阜県・可児市で、地域の日本語支援活動にオンラインを活用している実践をご紹介します。活動している日本語教師の横山りえこさん(写真上中央)にお話を伺いました。(NJ編集部)
多読を中心に地域の教育実践を重ねる
編集部:まず、横山さんのプロフィールを教えてください。
横山:私は日本語教師になって今年で16年になります。これまで国内外の日本語教育機関で、留学生、ビジネスパーソン、技能実習生などさまざまな方に教えてきました。オーストラリアで地元の幼稚園児から小中高校生まで日本語を教えた経験もあります。
編集部:これまでいろいろな背景の方々に日本語を教えてこられたんですね。最近は地域の日本語支援活動にも関わっていらっしゃるとか。
横山:はい。子育て中の外国人のお母さん方を中心にした日本語教室を開いています。
編集部:なぜ、子育て中のお母さんを中心にしているのですか?
横山:これまでの経験から、子育て中のお母さんは日本語の勉強の継続が特に難しいと思っているからです。小さいお子さんはすぐ熱を出しますし、だからといって代わりに子どもを見てくれる人が近くにいるわけではないですし、とにかくお母さん方はあれこれやることがあって忙しく、参加したいのに参加できなくなってしまうことが多いんです。
編集部:よくわかります。横山さんの教室にいらっしゃるのは、皆さん、お子さんのいらっしゃるお母さん方なんですか。
横山:赤ちゃんもいれば、未就学児、小学校低学年、あるいは子育てが一段落した人もいますが、基本的には皆さん子育ての経験がある人ばかりです。ですので、お母さんが勉強してる間は別のお母さんが子どもの面倒を見てくれたり、皆で子育てや日本語の勉強や仕事の情報交換をしたりと、賑やかな教室ですよ。
編集部:通ってくる方は、どんなバックグラウンドの方が多いんですか?
横山:可児市は名古屋に近いこともあり、自動車関連の工場がたくさんあり、そこで働く日系ブラジル人が多いです。私の教室に通ってくるのも、皆さん日系ブラジル人のお母さん方です。時間帯は平日の午前中に行っていました。
編集部:可児市は外国籍の子どもたちの不就学ゼロを目指す先進的な取り組みでも有名ですね。教室では主にどんな活動をしていたんですか。
横山:私自身が多読に関心があることもあり、参加者が興味を持ちそうな素材を教室に持っていって参加者に選んでもらい、それを各自が読むことを通して、日本語で話したり、書いたりする活動が中心です。
新型コロナウイルスの影響で公共施設が閉鎖
編集部:日本語教室はどこで行っているのですか?
横山:可児市の中心部にある公共施設を使わせていただいていましたが、3月中旬に新型コロナウイルスの影響で大人数が集まるのは自粛してほしいと言われ、その後、施設は閉鎖になってしまいました。参加者の皆さんからは「勉強ができなくなって残念」というメッセージをいただくことが多く、「皆さんの学びを止めたくない」と思いましたので、オンラインに切り替えて挑戦してみることにしました。
編集部:すばらしい行動力ですね。オンラインへの切り替えはスムーズでしたか。
横山:実は2019年末ぐらいから、個人的にオンライン教育や反転授業に関心を持ち始めて、自分でいろいろと本を読んだり、勉強会に出ていたりしていたんです。そんなこともあり、3月下旬にはオンラインに切り替えることができました。
編集部:事前の構えが功を奏し、スピーディーに切り替えられたわけですね。参加者のほうにも抵抗はなかったですか。
横山:zoomを使って授業を行っているのですが、参加者はzoomの使い方にはすぐに慣れました。オンラインのいいところは、お母さんだけではなく、旦那さんや子どもたち、家族全員が参加しやすいところですね。参加者の希望もあり、皆さんが参加しやすいように時間帯も午前中から夜に変更しました。
編集部:晩ご飯が終わった後で、家族みんなで日本語の勉強ですか。楽しそうですね。
横山:授業では、日本語を使ったゲームやクイズなども取り入れると、ラテン系の気質もあり、とても盛り上がります(笑)。家族の中で日本語を教え合うことで、新しいコミュニケーションも生まれています。子どもがお父さんやお母さんに日本語を教えてあげるようなこともよくあるんですよ。
授業のユニバーサルデザイン化を目指して
編集部:通学制の教室では多読を中心にした活動をされていたということですが、オンラインではどのような活動をされているんですか。
横山:いろいろと手探りでやっていますが、多読を主軸とするのは変わらず、その他にも会話とか日本語能力試験の文法とか漢字とか。いろいろなテーマを設定して、参加したいところに参加してもらうようにしています。従来のボランティア教室の多読活動では、どのようなレベルの方も同じ空間で学べていたのですが、オンラインではなかなかそうはいかず、それもあっていろいろな学習科目をリクエストに応じて準備しています。
編集部:リアルな教室であれば、多少のレベル差は支援者のほうで微調整できるのかもしれませんが、オンラインではなかなかそういった細かい動きが、まだ難しいのかもしれませんね。
横山:それでも、思った以上にオンラインでもいろいろなことができるんだというのが率直な印象です。4技能の中でオンラインではできない、というものはないのではないでしょうか。ただ、オンラインは一方通行の「講義」になりがちなので、そうならないようには気をつけています。
編集部:いずれ新型コロナウイルスが終息した後、盛んになりつつあるオンライン授業はどうなるでしょうか。
横山:新型コロナウイルス以前よりも、一般的で普通の手段になっているでしょうね。私が追い求めているテーマは「日本語の授業をユニバーサルデザイン(UD)化すること」なのですが、オンラインもそれを実現する手段の一つになるのではないかと思います。
編集部:ユニバーサルデザインとは、誰もが学びやすい学習環境をつくるということでしょうか。
横山:はい。そのためにはオンラインの延長線上にあるデジタルやAIの教育での活用があると思います。画一的な一斉授業から、その学習者それぞれに最適化した誰にとっても学びやすい授業が実現できたらと思っています。
編集部:本日はありがとうございました。
横山りえこ
授業のUD化コーディネーター・「みんなで多読」代表。愛知大学・愛知県立大学非常勤講師・ヒューマンアカデミー日本語教師養成講座講師。留学生や就労者への日本語教育や教師育成に携わる傍ら、子育て世代の生活者を中心とした日本語学習支援教室を開催。誰もが学びやすく、その人らしい活躍ができる授業のUD化を目指した活動を行っている。
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