<提供:国際交流基金北京日本文化センター>
100万人を超える人々が日本語を学ぶ世界一の日本語学習大国、中国。教師の日本語力が全般的に高く、中・上級レベルに達する学習者が非常に多いのが特徴と言われています。その中国で2018年、日本の文部科学省にあたる中国教育部が、日本語教育に関する新しい方針を打ち出しました。(安藤陽子)
キーワードは、「日本語核心素養」。つまり、大学入試で高得点を取るための知識偏重型日本語教育ではなく、様々なシチュエーションで、日本語を使って課題を解決できるコミュニケーション能力の養成をめざすというビジョンが明確に示されたのです。
背景として、入試の外国語科目を英語に指定する大学が増えてきたことや、日本語の学習目的が多様化してきたことなどが挙げられます。
中等教育段階の日本語学習者が増えており、特に第二外国語としての日本語学習者は2012年度に比べて13%増えています。*1
中国の日本語教育現場では、今まさに国際教育を目的とした「第二外国語としての日本語教育」の質的向上が、真剣に模索されているのです。
第二外国語としての日本語教育に求められるものとは
中国教育部が2018年に公表した高校のシラバス『普通高中日語課程標準』では、「日本語核心素養」として、以下の4点を重点目標に掲げています。
- 日本語の理解と表現能力
- 多文化理解能力
- 思考・分析・創造能力
- 協働・自律学習能力
学習にあたっては協同学習や自律学習を重視し、評価方法は、ルーブリックを取り入れるとしています。(ルーブリックとは、学習到達度を評価項目<観点>とレベルで表形式にしたもの)
また、『普通高等学校本科专业类教学质量国家标准』(四年制大学各専攻教育の国家スタンダード)でも、日本語教育の新しいビジョンが示されています。
天津外国語大学大学院の李運博・修剛両氏の論稿*2によると、これまでの国家スタンダードと比較して、以下の4点が新しい特徴として挙げられます。
- 教育内容の重視(人間性豊かな日本語教育、日本社会・文化の理解力)
- 多様性の重視(学習目標、ITをはじめとする教育手段、教育実践、就職目標などの多様化)
- 異文化コミュニケーション能力の重視(異文化コミュニケーションの講義開設など)
- 講義の履修項目と内容の見直し(専門講義の設置。日本語・日本文学・日本研究などアカデミックな人材育成と、翻訳・通訳・ビジネス・情報などの実用型人材育成に大別)
日本語専攻課程を設置している中国の各大学では今後、特色ある人材育成プランとカリキュラムの作成が求められることになります。また、これまでのような教師主導ではなく、学習者を主体とした、啓発的・討論型・参加型の教育方法の検討が課題であるとも指摘されています。*3
現時点では、国家としての第二外国語の指導要領が制定されていないこともあり、現場の日本語教師からは、学習目標をどう設定したら良いか分からないといった声も上がっているようです。
また、日本社会・日本文化の深い理解につながる情報を提供できる日本語教師の育成や、時代にマッチする新しい日本語教材のさらなる開発が、課題として挙げられています。
教師の質向上と教材開発に向けた動き
このような流れの中、国際交流基金北京日本文化センター(JF北京)では、第二外国語としての日本語教育をサポートする様々な事業を展開しています。
その取り組みの一つが、中国版『エリンが挑戦!にほんごできます。』(『艾琳学日語』、人民教育出版社 2013)の活用です。
『中国版エリン』は、もともと同基金日本語国際センターで制作された『エリンが挑戦!にほんごできます。』(2007)を、中国の中等教育で使いやすいように中国訳してアレンジした教材です。日本語能力のみならず、異文化理解能力の育成にも重点を置いており、留学生のエリンが、日本での高校生活を通して日本語や日本文化を学んでいくというストーリー仕立てになっています。第二外国語用としても活用可能です。
JF北京では、この『中国版エリン』を用いた教師研修を実施するほか、第二外国語としての日本語教育のシラバス整備に向けてモデル校を設定し、課題を抽出。教師からは「興味を引くための教材探しや授業準備が大変」「異文化理解の教え方が分からない」「異文化理解に必要な教材やリソースが不足している」などの相談も寄せられているそうです。*4
こうした声を受けて、JF北京では2019年8月、主に中国の中等教育機関で、第二外国語としての日本語を教えている教師向けの情報共有サイトもオープンしました。
国際交流基金北京文化センターが運営する「つながる日本語教育サイト」
https://www.jpfbj.cn/erin/index.php
このサイトでは、中国の中等教育機関で実際に行われている第二外国語としての日本語授業の動画(写真①)や、昨年スタートした「中等日本語教育授業教案コンテスト」で最優秀賞を受賞した教案(写真②)など、日本人教師にも参考になるコンテンツが公開されています。
また、公益財団法人国際文化フォーラム(TJF)では、大連教育学院と共同で制作した第二外国語用の副教材『好朋友』を使用して、日本文化を体験的に学べる授業の実践・普及に取り組んでいます。
<写真提供:公益財団法人 国際文化フォーラム>
左:『好朋友』の表紙
右:七夕をテーマに将来自分がなりたいものを考える活動の様子
『好朋友』は、「大連物語」という102ページものストーリー漫画を読み進めながら日本語を学んでいく構成で、語彙や文法の説明は一切なく、ことばや文化の違いを超えて、人間関係を築いていくための語彙や表現が導入されています。
さらに、2015年度からは、『好朋友』を使っている中国各地(大連、上海、広州、中山、ハルビン)の学校と協力して、学校内に『好朋友日本文化体験の場』を開設(=写真)。日本のこと、そして日本文化を知識として机上で「教わる」のではなく、実物を体験して「考える」「捉える」活動ができるように、教師研修や巡回訪問を実施しています。
そのほか、北京市海淀外国語実験学校(1999年設立。幼稚園児から高校生まで約5000人が学ぶ北京市最大の全寮制私立国際学校)では、多文化意識を持つグローバル人材の育成を目指して、班活動や道徳など日本式の教育方法を導入して、感謝や思いやりの心を育む試みなども行われているようです。*5
いずれにしても、これからの日本語教師に求められるのは、「良好な人間関係を築いていくための日本語運用能力」を育む教育の実践です。学習者の興味・関心に寄り添うファシリテーターとしての素質や、日本文化・芸術・歴史に関する深い造詣、多文化共生・異文化理解教育の力量も、ますます問われることになるでしょう。
執筆/安藤陽子
地域情報紙記者として約10年間、教育、文化芸術、医療、福祉など様々な分野の取材経験を積んだのち、フリーランスに転身。2児の母としての視点を活かし、子育て・教育分野を中心に取材執筆に励んでいる。
*1:「国際交流基金2015年度 海外日本語教育機関調査」
*2:『早稲田日本語教育学』(2018.6)「新時代に向かう中国日本語教育の現状と課題」 李運博・修剛
*3:『日本学刊』第22号(2019)「中国における大学日本語専攻過程教育の政策的動向」 楊秀娥
*4:『国際交流基金日本語教育紀要』第14号(2018)「第一外国語から第二外国語としての日本語教育への転換の困難点ー中国人中国・高校教師に対するインタビュー調査と今後の展望ー」清水美帆、平田好、小川佳子
*5:Science Portal China(2018.11.7)「初高等教育からみる中国教育の国際化ー当事者に聴く中国教育事情」
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