一口に日本語学習者と言っても、日本語学校、専門学校、大学の留学生もいれば、企業の外国人社員もいます。つまり日本語教師が教える相手はさまざま。日本語教師を目指す方の中には、自分の社会経験を活かしてビジネスパーソンに教えたいと考える方もいるでしょう。養成講座を終えた後、ビジネスパーソンに教えたい場合はどうしたらいいのでしょうか。今回はビジネスパーソンへの日本語指導について、仕事の見つけ方、指導内容、求められること等をご紹介します。(仲山 淳子)
ビジネスパーソンに教えるには
一般的に日本語教師としてビジネスパーソンに教える場合は、以下のケースが考えられます。1つ目は日本語学校に所属して、学校内のビジネス日本語クラスや企業への派遣で教える。2つ目は個人で企業と直接契約、もしくは企業研修を行うエージェントに登録し、企業に派遣されて教える。3つ目はビジネスパーソン本人と個人で契約する。これはいわゆるプライベートレッスンです。また、企業に直接雇われて企業内クラス専属日本語教師となる例も、国内では稀ですが、ベトナム等の海外ではあるようです。
今回は1つ目、2つ目のパターンについてご説明しましょう。
1つ目のパターンですが、日本語学校の中には留学生対象ではなく、ビジネスパーソン向けのクラスを中心にしている学校もあります。もしビジネスパーソンに教えたいなら、学校選びの際にそのような学校を探してみるといいでしょう。日本語学校では企業から研修依頼が来た際に、その企業まで出向いて、または学校内に開設された企業クラスで指導を行います。
この場合のメリットは日本語学校に所属していることで、指導上の相談もできますし、企業とのやり取りも学校がやってくれるということ。デメリットは、常に企業研修があるかどうかわからず、留学生クラスも担当しなければならないケースもあること。待遇が日本語学校の基準になることでしょうか。
また日本語学校の中にはビジネス日本語クラスと言っても、実際のビジネスパーソンではなく、これから日本で就職を目指す留学生のためのクラスもあります。その場合は就職面接などの指導も必要となり、企業クラスとはカリキュラムが異なります。
2つ目は、日本語学校に所属しないパターンです。まず個人として外国人社員を抱える企業と契約するケースがあります。しかしながらこれは、なかなかハードルが高いです。企業は個人とは契約しないところも多いからです。
外資系企業などで個人と契約してくれる場合でも、何段階かの面接等、クリアしなければならないことがあるようです。直接契約であれば報酬は100%自分のものになるというメリットがあります。ただし担当者とやり取りしたり、請求書を出したりという作業も必要となります。
一般的には研修を行う企業との間にエージェントが入り、エージェントと契約してそこからの派遣で企業に教えに行くという場合が多いです。そのようなエージェントも日本語教師の求人サイトに出ていますので、チェックしてみてください。
ただ、指導経験が全くない場合、採用されることはちょっと難しいかもしれません。まずは日本語学校で教える経験を積んでからチャレンジするのも一つの方法です。既に日本語教師として教えている方のご紹介というケースもあるので、業界内に繋がりを作っておくことも重要です。待遇は案件ごとに違う場合もあれば、エージェントによって同一金額になる場合もありますが、一般的に言うと日本語学校よりは、良い金額になります。条件も忘れずチェックしてください。
ビジネスパーソンに教える際に求められること
企業でビジネスパーソンに教える場合は到達目標だけ(例えば今年中に日本語能力試験(JLPT)のN2に合格させたい、営業活動ができるようにしてほしい等)が示されて、カリキュラムや教材は教師に任されることがあります。ということは教師には教材の知識、コースデザインの知識が必要になります。さらに授業実施報告書や、個人別の評価等の提出を求められる場合もあります。
日本語研修を対面ではなくオンラインで行うケースもありますので、ITリテラシーも少しは必要かもしれません。でもITが苦手な私でも教わりながらなんとかやっていますので、その点はあまり心配しなくてもよいかもしれません。
最もシビアなのは、どのくらいの時間教えれば、どれだけ日本語力が付くのかを明確に示さなければならないことです。企業にとっては当然とも言えますが、費用対効果を考えますので。新しく外国人社員を抱えることになった企業の研修担当者の方は日本語教育についてあまり詳しくない場合もあり、「6か月でJLPTのN1に合格させてください!」など、日本語教師にとって無理難題(失礼)と思えることをおっしゃる場合もありますので、N1に合格するために必要な学習時間数など、きちんと説明できるようにしておきましょう。
個人やエージェントを通して日本語研修を請け負う場合、待遇は日本語学校で教えるより良いけれども、責任も問われると考えたほうがよいでしょう。つまりプロフェッショナルとしての意識が必要ですが、それだけにやりがいもあります。
教える内容は留学生と同じ?-相手に会わせて授業をカスタマイズしよう。
私が日本語学校でビジネスパーソンに教え始めた25年ほど前は、あまり良い教材もありませんでした。それで担当していた教師チームでテキストを作ってしまったのですが、今ではさまざまなビジネスパーソン向けの教材が出ています。留学生向けのテキストとは語彙や場面が違い、英語での説明があるものも多いです。
しかしビジネスパーソンに教える際に重要なことは、テキストを選んでテキスト通りに教えることではなく、学習者にとって何が必要かを調査し、想像し、カスタマイズすることだと思っています。テキストは使うとしても、学習者(というより企業)のニーズに応じて内容を追加したり削ったりすることが求められます。
またビジネスパーソン向けの指導と言っても、企業から日本語で仕事ができるレベルを求められる場合と、仕事は英語でよいのだけれど日常的な社会生活のために、いわば企業から外国人社員へのサービスとして提供される日本語レッスンの場合があります。そうなると自ずと教える内容も異なりますね。中上級レベルのビジネスパーソンの場合は、テキストを使わずに新聞・雑誌の記事やテレビニュースを教材とする場合もありますので、時事問題には常にアンテナを張っておくことも必要です。
ビジネスパーソンに教えるのにビジネス経験は必要なの?
最後に、「ビジネス経験はないんだけどビジネスパーソンに教えてみたい! 経験がないとだめなの?」とよく聞かれます。この質問に対する私の答えは、「経験は、あったほうがいいけど、なくても大丈夫」です。
あったほうがいいというのはどういうことかというと、会社文化や人間関係というのは経験しているほうが想像しやすいからです。実際のビジネス知識があるかどうかはあまり問題ではないように思います。なぜなら知識というのは業界によって全然違いますし、10年20年前の知識は現在では全く役に立たないこともあるからです。それに今はインターネットを使えばそのようなことも容易に学ぶことができます。それよりも日本の会社の雰囲気というか空気というか、そんなものがイメージできる経験があったほうがいいかなと思うのですが、でも経験がなくても大丈夫!
代わりに大切なこと、それは想像力です。もし、ある企業研修を担当することになったら、その業界について徹底的に調べた後、外国人社員と日本人の間でどんな状況が起こり得るのか思いっきり想像してください。自分の経験がなくても、周りの人から仕入れればいいのです。ビジネスパーソンを教えていくうちに、企業の担当者とのやり取りの中から最新のビジネス表現を知ることもできるようになります。
逆に自分の経験に固執し、「日本の会社ではこうだから」と決めつけるような独りよがりの指導、想像力に欠ける指導は、いくらビジネス経験があったとしても良いとは言えないと考えています。まとめるとビジネスパーソンを教えるのに必要なことは、「想像力」と「情報吸収力」、そのために「つねにアンテナを張っておくこと」です。あ、これってビジネスパーソンだけじゃなくて、どの学習者に対しても同じですね。
執筆/仲山淳子
日本語教師歴30年のフリーランス日本語教師。非常勤講師として長きにわたり留学生への日本語指導や日本語教師養成講座に携わったのち、フリーランスに転身。現在は企業研修やプライベートでの日本語指導だけでなく、日本語ボランティア教師養成講座の講師、e-ラーニング教材の開発等、多方面で活躍中。最近は作成したオリジナル教材を用いてオンラインレッスンにも挑戦している。
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