外国人にも日本人にも伝わりやすい〈やさしい日本語〉が注目されています。その定義や誕生のきっかけをご紹介します。(NJ編集部)
皆さんは〈やさしい日本語〉という言葉を聞いたことはありますか? これから本格的な多文化共生社会を迎えようとしている日本社会で〈やさしい日本語〉という考え方が多くの人の共感を呼び、日本語教育の世界だけではなく、自治体の広報活動やマスメディアを通じて、日本社会にじわじわと広がっています。
〈やさしい日本語〉とは何か
「〈やさしい日本語〉とは、一言で言えば『言葉のユニバーサルデザイン』です」。
日本語教育に関する研究書や教材を数多く出版し、〈やさしい日本語〉に関する教材の編集も手掛けたココ出版の田中哲哉さんは、〈やさしい日本語〉の本質をそのように言い表します。
ユニバーサルデザイン――ユーザーがさまざまな背景の違いや能力差を超えて使える優れたデザインは、町中の至る所で見かけるようになりました。
車椅子も健常者も通りやすい幅の広い駅の改札、言葉がわからなくても一目で意味が分かるピクトグラム(標識)、用を済ませた後に使用するシャワートイレなどが代表的なものでしょうか。
シャワートイレはもともと病院で手術後などに使われていた医療機器でした。それが一般の人にとっても清潔で心地よいということになり、広く普及しました。今や、海外から日本に来る旅行客にも「ハイテクトイレ」として大人気。体の不自由な人にとって便利なものは、一般の人にとっても便利だということです。
言葉も同様です。外国人にとって分かりやすい日本語は、日本語母語話者にとっても分かりやすい。例えば、日本人にとっても難解な「お役所言葉」も、次のように言い換えれば、誰でも容易に理解できるものになります。
一般的な日本語で書かれた公文書
このことについて、区民福祉の向上に資するため、鋭意検討をかさねてきたところであるが、今般、基本方針が別添のとおり決定されたので、当該各課宛て通知するとともに、事業実施に係る措置については、適宜区民に対し周知を図っていくことといたしたい。
やさしい日本語で書かれた公文書
高齢の方へのサービスについては、区民福祉を向上させるという観点から、いろいろな面で十分に検討してきました。このたび、基本方針(別紙1)が決定されましたので、関係各課に通知します。事業の実施に関する措置については、広報誌等を通じ、必要に応じて区民に知らせていきます。
いかにして生まれ、広がったか
やさしい日本語は1995年の阪神淡路大震災の際に、神戸に多く住んでいた外国人へ必要な情報が伝わらず、情報孤立に陥ったという反省が契機になっています。
その理由として、災害時に多く使われた日本語(例:余震、瓦礫、かがむ、伏せる)を外国人が理解できなかったということがあります。そこから生まれたのが、減災のための「やさしい日本語」です。これは地震大国の日本に住む外国人にとって、引き続き重要な考え方です。
そして、この考え方を地震のような非常時に限らず、また対象も外国人に限らずに広げたのが、〈やさしい日本語〉という考え方です。例えば外国人の多い横浜市では、2010年度に「横浜市多言語広報指針」を策定し、外国語に加えて〈やさしい日本語〉での情報発信をしています。同様に大阪市、福岡市、福生市など全国各地の自治体も〈やさしい日本語〉に取り組んでいます。
メディアを通じて〈やさしい日本語〉は更なる広がりを見せます。NHKの「News Web Easy」や西日本新聞の「やさしい西日本新聞」などを見ると、難解な語彙や文法を廃し、日本語が不自由な外国人や小学生・中学生にとってもわかりやすい、まさにユニバーサルなニュースサイトになっています。
日本語教育が目指すもの
2019年4月に改正入管法が施行され、日本は今後5年間で最大34.5万人もの外国人を特定技能という在留資格で受け入れることになりました。また、同年5月には高い日本語能力がある日本の4年制大学を卒業した留学生であれば「特定活動」という在留資格で、これまで以上に幅広い業務に就くことが認められるようになりました。
今後、日本社会における外国人比率は今まで以上に高まっていくでしょうし、その中で日本社会の風景も変化していくでしょう。
その変化が、単に現状の日本社会を何も変えずに外国人にのみ一方的に負担を強いるものではなく、まさにユニバーサルなものとして、今住んでいる日本語母語話者にとっても、これから住む外国人にとっても心地よく、自分の意見が表現できる社会になる方向で変化していってくれることを願います。
これは外国人を採用する側の企業も同様です。日本の大学を卒業した留学生がこれまで以上に日本企業に就職するとなった場合、優秀だが(日本人から比べれば)日本語力が低い留学生に、企業の在り方を全く変えずに、日本人の人手不足を補うだけの仕事をしてもらっても意味はありません。むしろ留学生ならではの役割を持ち、活躍してもらい、イノベーションを起こしてもらうことで、企業の在り方が変わっていくことを期待したいです。
企業側には寛容さが、留学生には一定の努力が求められます。もちろん、日本語を含め必要なことが身につけられるだけの十分な環境を、受け入れ側は準備しなければならなりません。新しく入ってくる側と受け入れる側の双方が歩み寄ることによって、健全な地域社会や企業文化が作られていく。そういったマインドを、一部の日本語教師だけではなく、多くの日本人が持つことが求められる社会が、もうすぐ訪れようとしています。
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