2011年4月から『月刊日本語』(アルク)で「教科書について考えてみませんか」という連載を掲載してから10年。2021年10月に「日本語教育の参照枠」が出て以来、現場では、コミュニケーションを重視した実践への関心が高まり、さまざまな現場で使用教科書の見直しが始まっています。「参照枠」を見ると、言語教育観に関して、「学習者を社会的存在として捉える/「できること」に注目する/多様な日本語使用を尊重する」という3つの柱が掲げられています。これは、2011年4月から『月刊日本語』で連載した中で述べていることに重なります。そこで、今回もう一度皆さまに当時の記事をご紹介して、ご一緒に考えていきたいと思います。教育現場では、今まさに<教科書を見る目、使う力>が求められています。教科書を軸に「対話」の輪を広げていきませんか。(嶋田和子/アクラス日本語研究所)
「キャンドゥ (Can-do)」って何?
日本語教育の世界で「能力記述文」(Can-do-statements)という言葉がかなり前から使われるようになりました。時には略して「Can-do」と言ったりしています。
2010年度から新しくなった日本語能力試験では、「日本語能力試験Can-do自己評価リスト」を設け、記述例の一部として、次のようなことを挙げています。
「聞く=学校や職場、公共の場所でのアナウンスを聞いて、大まかな内容が理解できる」、「話す=アルバイトや仕事の面接などで、希望や経験を詳しく述べることができる」、「読む=関心のある話題に関する新聞や雑誌の記事を読んで、内容が理解できる」、「書く=感謝や謝罪、感情を伝える手紙やメールが書ける」
こうした「Can-do-Statements」で言語教育を考える動きは、世界的に広がってきています。例えば、アメリカのACTFL(全米外国語教育協会)や欧州評議会が提示したCEFR(ヨーロッパ共通参照枠)などを見ても、「Can-do-Statements」がベースになっています。
しかし、日本語教育では長い間、「~ことができる」という表し方で学習目標を表したり、評価に活用したりすることは、あまり活発に行われてきませんでした。日本語能力試験も以前は、1級の認定基準に、次のように記されていました。「高度の文法・漢字(2,000字程度)・語彙(10,000語程度)を習得し、社会生活をする上で必要な、総合的な日本語能力(日本語を900時間程度学習したレベル)」。
どれだけ言語知識があるか、学習した時間はどの程度か、といった視点が色濃く出ており、「日本語を使って、何が、どのようにできることが求められているのか」といった視点は、見えませんでした。ところが、現在の日本語能力試験は、「課題遂行のための言語的コミュニケーション能力」を測定対象能力とする試験に生まれ変わり、「Can-do-Statements」が前面に出てきたのです。また、国際交流基金では「JF日本語教育スタンダード」を作成公開し、その一環として、「みんなの『Can-do』サイト」というデータベースを公開しています。
こうした日本語教育の変化は、「試験では高得点が取れるのに、運用能力が身に付いていない人が多い」、「どうしたら、『使える日本語』が習得できるのだろう」といった現場の声に、後押しされてきたといえます。それはまさに「『わかる』から『できる』への移行」でした。
「できる」を重視した教科書
ある日本語教室で、こんな会話が交わされていて、愕然としたことがあります。
講師:おととい、何を勉強しましたか。
学習者:〇課です。比較です。
講師:じゃあ、ちょっと復習しましょうか。電車とバスとどちらが速いですか。飛行機と電車と……。
それは、「文型積み上げ式教科書」を「忠実に」使い、あくまで文型練習に主眼を置いた日本語支援でした。私は、「学習者が、今日学んだ日本語を使って、何かできるようになったのか実感できる授業」がなぜできないのだろうと、改めて考えさせられました。
では、比較表現はどんな時に、何のために使うのでしょうか。ここで、「できること」を重視した『できる日本語』を見てみましょう。この教科書では、6課で比較表現を勉強します。場面は「学校でクラスメイトを誘う」、学習目標は「誘って、友達の意向を聞いたり、情報を比べたりしながら相談することができる」です。具体的には、二人で雑誌を見ながら、こんな会話が進んでいきます。
A:Bさん、いっしょに映画を見にいきませんか。
B:いいですね。どこで見ますか。
A: あっ、「にこにこ映画館」と「ふじ映画館」があります。
B:そうですか。「にこにこ映画館」と「ふじ映画館」とどちらが近いですか。
A:「にこにこ映画館」のほうが近いです。
B:そうですか。じゃ、「にこにこ映画館」へ行きましょう。
同じ「口の練習」でも、「飛行機と電車とどちらが速いか」などと、わかりきったことを聞く練習とは、考え方が全く違います。これが「できること」、Can-doを重視した教科書の魅力の一つなのです。
嶋田和子
アクラス日本語教育研究所代表理事。著書に『できる日本語』シリーズ(アルク、凡人社)、『OPI による会話能力の評価(共著)』(2020 年、凡人社)、『人とつながる 介護の日本語』(2022、アルク)など多数。趣味:人つなぎ、俳句 目指していること:生涯現役
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