第1回はコーチングとティーチング、第2回はどのようなときにコーチングを行うと効果的なのか、そして傾聴とインタラクティブリスニングについてお話ししましたが、第3回目となる今回はコーチングを行う際に使用する基本的なフレームワークについてご紹介します。学習者のモチベーションが下がっているようなとき、また日本語教師がキャリアに迷ったときなどに使えます。具体的なクライアント(学習者)を思い浮かべながら、フレームワークの手順に沿って面談をイメージしていただけると、わかりやすいと思います。(伊藤奈津美/早稲田大学 日本語教育研究センター 准教授)
コーチングの基本的なフレームワーク
今回で「日本語教師のためのコーチング入門」は最後ということですから、今後みなさんが面談をするときに参考になるコーチングの基本的なフレームワークを2つご紹介します。このフレームワークはあくまでも基本です。コーチングはクライアントと対話しながら進めていくものですから、必ずしもフレームワークの通りに進むわけではありません。話が脱線したり、なかなか進まなかったりすることがありますが、クライアントの力を信じて、クライアントから答えが自然に出てくるのを待つことも重要です。
では具体的に、基本的なフレームワークを2つご紹介します。スケーリング手法と「結末を描く」という方法です。コーチングでは、コーチングをする人をコーチ、コーチングを受ける人をクライアントと呼びますが、コーチを日本語教師、クライアントを日本語学習者と置き換えて考えてみてください。
1.スケーリング手法
スケーリングとは要するに点数化して表すことです。クライアントの目標や現在の課題は日本語学習者に置き換えると学習目標になります。学習目標はまず身近な達成したいことのほうが、やりやすいと思います。
【手順】
1)クライアントの目標や現在の課題を聴く。
2)クライアントに対して、目標が達成できた状態、現在の課題が解決できた状態を10点としたら、現在は何点かをたずねる。
3)どうしてその点数なのかをたずねる。
4)その点数までのできていることをたずねる。インタラクティブリスニングを使って、「できていること」を最大限引き出す。
◇この質問を行うことで、できていることと、まだできないことが明確になります。クライアントが思っていたよりも、できていることが多いことがわかったり、やるべきことを整理・認識することができます。
◇ここで最も重要なことは、「できていること」に注目することです。現状を確認する際、つい「できていないこと」にフォーカスを置きがちです。そうではなく、できるだけ多くの「できていること」を思い浮かべてもらいましょう。
5)クライアントにできていることを聴いたあと、今の気持ちをたずねる。前につけた点数を変えることもできる。
◇クライアントが自分自身でできていることを言語化することによって、満足感、自己肯定感、自己効力感などが高まることが期待されます。
6)クライアントに目標が達成できた状態、現在の課題が解決できた状態、つまり10点の状態になったときの自分をイメージしてもらう。インタラクティブリスニングを使って、どのような状態なのか深堀する。
◇どのような気持ちになるか、どこにいるか、だれに囲まれているかなど、気持ちと環境を想像し、理想の状態を思い描くことによって、目標の達成や課題解決のモチベーションを上げていきます。
7)十分に10点満点になったときの理想の状態を思い描いたあと、その状態を実現するための具体的な行動(小さな行動)をクライアントに挙げてもらう。まず、現状から1点上げるための複数の行動を挙げてもらう。クライアントから具体的な小さな行動プランが出なくなったら、クライアントの許可を得て、コーチが考えた小さな行動プランを提案する。クライアントはコーチからの提案も踏まえ、自分の行動としてできるかどうか検討する。コーチからの提案は、クライアントから十分な行動プランが出ていれば、必要ない場合もある。
◇ここでの小さな行動は、具体的でかつすぐできることが大切です。本当に小さな行動で良いのです。実行できるかどうかが重要です。
8)クライアントは自分で決めた小さな行動を実行する。
以上がスケーリング手法のやり方です。「インタラクティブリスニングを使って……」と明記していないところでも、コーチング実施中は常にインタラクティブリスニングを心掛け、クライアントから答えを引き出します。「答えはクライアントが持っている」と心に留めておきましょう。
2.結末を描く
ここでいう結末は、日本語学習者の場合、学習目標が挙げられるでしょう。それ以外に、重要だけれど、現状優先順位が下がっていることとして、たとえば、学期末にレポートを出さなければならないけれど、ほかの宿題もあって進められないという状況にいる学習者と面談する際にも使えます。
【手順】
1)テーマを決める。
◇クライアントの目標や解決しなければならない課題を聴きます。
2)そのテーマに関して現在の状況を聴く。
3)過去のよかったことと悪かったことを聴く。
4)現在の状況を放置しておくと、どのような避けたい未来が来るのか、よくない結末を想像してもらい、その内容を聴きながら、さらに周囲への影響も含めたよくない結末を聴く。
◇よくない未来を想像することで、変換点や転機を創り出すことができます。
5)現在の状況を打破するために実行したら、どのような望ましい未来が来るのか、すばらしい自分が見えるのかを聴く。またそれが達成できたら、さらにどのような輝かしい未来が来るのか、想像する場面や感情を聴く。
◇行動するための原動力を創り出すことができます。
6)これまで話したことを思い返し、全体を俯瞰してどう思うか聴く。
7)良い未来に向かって進むために、すぐできそうな行動は何か聴く。また、実行するために障害となるようなことがないか聴く。すぐできそうな行動を起こすことを約束する。
以上が「結末を描く」という手法のやり方です。最後に、「あなたならできる!」とクライアントを勇気づけましょう。
まとめ
今回はコーチングの基本的なフレームワークであるスケーリング手法と「結末を描く」という手法をご紹介しました。ほかにもフレームワークはありますが、やはりコーチングの基本は傾聴です。フレームワークを覚えただけではコーチングができるとは言えません。本コラムの第2回でも述べましたが、ロジャーズの中核三原則や人は自分の眼鏡を通して人を見ているという「認知の眼鏡」を私たちがかけていることを忘れないことが大切です。
語学学習は時間がかかるものですし、停滞期も訪れます。留学して学ぶ学習者は環境の変化という外的要因も学習に影響を与えるでしょう。大変すぎて当初の目標を見失う学習者もいるかもしれません。そんなとき、コーチングで相手のモチベーションを高めたり、目標を再認識して少しずつ歩むよう勇気づけることが可能になります。日本語教師にとっても、激務に追われ最初のころ描いていた夢やキャリアにつまずくことがあったとき、コーチングを受けることで、キャリアを見つめなおすこともできるのではないでしょうか。
「日本語教師のためのコーチング入門」の連載は今回で終わりますが、みなさんがコーチングに興味をもっていただけたのなら、大変うれしいです。
☆本記事には、一般社団法人日本リーダーコーチ協会(https://leadercoach.or.jp)主催「対話型コミュニケーター・コーチ養成講座」で学んだ内容が含まれます。
執筆:伊藤奈津美 博士(日本語学・日本語教育学)
早稲田大学 日本語教育研究センター 准教授。帝京大学教育学部非常勤講師。株式会社日立製作所勤務のあと、日本語教師となり、本務校では留学生対象の日本語科目、非常勤講師としては、日本語教育副専攻科目を担当している。国家資格キャリアコンサルタント。一般社団法人日本リーダーコーチ協会でコーチングを学び、現在大手ゼネコンに勤務する外国籍社員のメンターを務めている。
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