2022年2月末からNHKワールドJAPAN*1を通じて全世界に放送されている「ひきだすにほんご Activate Your Japanese!」という日本語教育番組をご存じですか? 国際交流基金(JF)と株式会社NHKエデュケーショナルにより共同制作されたもので、JFのTwitterで関連記事のインプレッション数が通常投稿平均の約20倍を超えるなど、全世界の日本語学習者から熱い注目を集めています。番組制作を担当した国際交流基金日本語国際センター専任講師の菊岡由夏さん、本田雅美さん、石山友之さん、職員の湊弦樹さん、また広報の熊倉美聡さんにお話を聞きました。
日本で働きたい・生活したい人のための映像教材
編集部:まずは「ひきだすにほんご Activate Your Japanese!」の視聴者層を教えてください。
菊岡:主な対象としては、日本で働きたい・生活したいという人を想定しています。番組としてのレベル設定は「JF日本語教育スタンダード」*2のA2~B1レベルですが、英語字幕もついていますし、番組内には自然な日本語会話や表現がたくさん出てきますので、どのレベルの学習にも活用することができます。また、日本語学習者だけではなく、外国から来る人を受け入れる日本の人たちにも広く番組を見てもらい、日常のコミュニケーションをふり返る機会にしてもらえればと思っています。
編集部:2019年に特定技能の在留資格が新設されました。その後、コロナの影響で外国人の新規入国は暫く止まっていましたが、今後、日本で働きたい・生活したいという外国人はますます増えていくと思われます。番組では、どのような点を重視しているのでしょうか。
菊岡:自国で日常生活レベルの日本語を習得した人が、自分が学んできたことや自分が持っているスキルを活かして、日本でさらに自律的にコミュニケーションする力を伸ばし、自分の世界を広げていけるようになることを目指しています。
編集部:自律的に学ぶという点は、「JF日本語教育スタンダード」や「日本語教育の参照枠」*3など、これからの日本語教育が向かう方向性とも合致していますね。
ドラマを通してストラテジーを考える
編集部:具体的な番組の構成を教えていただけますか。
菊岡:番組は3部構成になっています。メインコーナーは「スアン日本へ行く!/Xuan Tackles Japan!」というドラマ、続いて「気持ちが伝わるオノマトペ/Onomatopoeia -Share Feelings-」、最後が「津々浦々 日本のセンパイ/Welcome to My Japan!」というドキュメンタリーで構成されています。全部で1回15分の放送時間です。
編集部:簡単にそれぞれのコーナーの内容を教えてください。
菊岡:「スアン日本へ行く!」は、日本のホテルで働くことになったベトナム人のスアンが、仕事や日常生活で出合うコミュニケーションの問題をさまざまなストラテジーを駆使して乗り越え、成長していくドラマです。ここで言うストラテジーとは、補償的なストラテジー*4ばかりでなく、うまく会話を終わらせる、相手の理解を確認しながら話を進めるなど、よりポジティブな、コミュニケーション課題をうまく達成するためのストラテジーを指します。CEFRの考え方に基づき、より広くストラテジーの概念を捉えています。
本田:イギリスにいたとき、英語の単語が出てこなくても、言い替えるなどのストラテジーを駆使して、コミュニケーションを成立させている留学生を見ました。ストラテジーを使うことの大切さを、身を持って感じました。
編集部:毎回ストラテジーが登場するところでは、
菊岡:「やんす」は、スアンがコミュニケーションの問題を乗り越えるときの、スキャフォールディングの役割を果たしています。ドラマの最初の頃は「やんす」に助けられてばかりのスアンですが、次第に、自分でどのようなストラテジーを使うかを考えるようになります。また、スアンと「やんす」の対話を通して、うまく周りの人の助けを借りることも、ストラテジーの一つだということが伝わるといいと思います。
石山:大切なのは、ここで紹介しているストラテジーはあくまで一例であるということです。困難の乗り切り方にはいろいろありますし、視聴者には「自分がスアンだったらどうするか」という視点でドラマを見てもらいたいと思っています。
編集部:番組タイトルの「ひきだすにほんご」というのも、ストラテジーと関係しますか。
菊岡:はい。コミュニケーションの目的を達成するために、自分の持つ言語的リソースを「ひきだす」、周りのリソースをうまく活用して解決策を「ひきだす」といった行為に紐づけたタイトルです。自分が持っている力や自分の周りにあるものを活かして、積極的にコミュニケーションに携わってほしい、という思いが込められています。
これから来日する人たちの不安を払拭したい
編集部:2つ目のコーナーの「気持ちが伝わるオノマトペ」は、どのような位置づけなのでしょうか。
菊岡:構成上、短くてシンプルなコーナーを一つ入れたいと思いました。日本語のオノマトペはバラエティも数も多いですが、ここでは気持ちや感覚を「共有する」ためのオノマトペを主に取り上げています。また、コーナーの最後には、オノマトペを使った会話も紹介しています。会話は日常的で身近な場面を選んでありますので、学んだオノマトペをぜひ実際のコミュニケーションで使って、相手と気持ちが共有できる感覚を実感してもらいたいです。
編集部:それでタイトルが「気持ちが伝わる」なんですね。最後のコーナーの「津々浦々 日本のセンパイ」はどのような位置づけですか。
菊岡:日本全国、さまざまな業種で活躍している外国出身の方々に登場してもらっています。多様な背景の方々を紹介することで、視聴者に出身国でも業種でもいいので、どこかに興味や関心のあるところを見つけてもらい、訪日の不安を払拭してもらえたらと思っています。
編集部:番組では職場の様子や、全国各地の名物なども紹介されていて、日本を旅しているような気分になります。
菊岡:ここに出てくるセンパイたちは、視聴者のロールモデルでもあり、スアンの未来の姿でもあるんです。いつかはこんなふうになりたい、と視聴者に思ってもらえればと思います。
JFのWEBサイトから教室活動に役立つ情報発信
編集部:「ひきだすにほんご Activate Your Japanese!」は、世界でどのように見られているのでしょうか。
湊:既にNHKワールドJAPANでは全世界に向けて発信いただいていますが、今後JFでも、日本のコンテンツが放送されにくい国・地域(南アジア、大洋州島嶼部、中南米、北欧、東欧、中東、アフリカなど)のテレビ局を通じて放送・配信予定です。また、JFの海外事務所やWEBサイトでも動画配信を始める予定です。
編集部:JFのWEBサイトでは、どのような情報を発信していくのですか。
湊:主に日本語教師向けの教室活動にも役に立つような情報を発信していきたいと考えています。教室活動では『いろどり 生活の日本語』*5などと組み合わせるのもお勧めですよ。
編集部:ドラマに出ているスアン役の女優さんも魅力的ですね。
菊岡:フォンチーさんというベトナム人女性です。日本生まれ、日本育ちですので、日本語もベトナム語も堪能ですが、ドラマでは日本で前向きにがんばる主人公を上手に演じてくれています。また、ドラマには、他にも魅力的なキャラクターが登場しますよ。
編集部:ドラマの内容はネタバレにもなってしまいますので、日本語ジャーナルの読者の皆様には、詳しくは番組を見ていただいてのお楽しみとしましょう。本日はありがとうございました。
★ひきだすにほんご Activate Your Japanese!
https://www3.nhk.or.jp/nhkworld/en/tv/activateyourjapanese/
*1:テレビ、ラジオ、インターネットを通じて、世界に向けて多言語で情報を発信するNHKの公共サービス。もちろん日本国内からでも気軽に視聴できる。
*2:JFが作成した、日本語の教え方、学び方、学習成果の評価の仕方を考えるためのツール。
*3:文化庁がまとめた、日本語を教える際に活用できる枠組み。
*5:JFが開発した、外国の人が日本で生活や仕事をする際に必要となる、基礎的な日本語のコミュニケーション力を身につけるための教材。
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