コロナ禍の中でオンライン日本語レッスンの需要が急増しています。皆さんの中にも、既にオンライン授業を経験している方がいらっしゃると思いますし、実際にオンライン授業を経験した中で対面授業との違いに戸惑ったり、悩んだりしている方も少なくないと思います。今回は、これまで長くオンライン授業に取り組んできた、全研本社株式会社リンゲージ日本語学校校長の倉持素子さんにお話を聞きました。
10年前の東日本大震災後からオンライン授業に取り組む
――まず、倉持さんが所属している全研本社リンゲージ事業本部グローバルキャリア事業部日本語課について教えてください。
私たちは40年ほど前からIT事業と語学事業を中心に展開している会社ですが、その中の日本語事業としては、企業研修、日本語学校、教師研修の3事業を行っております。2011年の東日本大震災は当時の日本語教育業界に大きな影響を与えましたが、実はこの時期、日本企業は海外の大学の卒業生をグローバル人材として直接採用するようになりました。そこで、日本と海外では大学の学期や企業の年度のサイクルが異なることが問題になりました。海外では6月ぐらいに大学を卒業し秋から働き始めるのが一般的ですが、日本では4月入社が一般的です。そうすると、海外の大学を卒業してから日本企業に就職するまでに長いインターバルができてしまいます。その期間も日本語の勉強やモチベーションを継続して春入社に備えてもらうために、オンライン授業を活用してきました。
――リンゲージ日本語学校はどのような特色がありますか。
日本語教育事業が企業研修から始まっていることもあり、日本語学校も大学進学予備教育ではなく、日本で働ける人材を育てることを主眼にしています。入学要件として既に海外の大学を卒業していることが原則なので、そういう人たちに日本企業で働くのに必要な知識や能力を身に付けてもらいます。就職支援も行っています。
――かなり特色のある日本語学校ですね。授業ではどんなことを行うのですか。
全員にiPadを持ってもらい、企業での仕事を模擬体験してもらったり、日本で生活する上で、また新入社員として必要な知識を身につけてもらうような内容を取り入れて授業を行っています。
――10年前からそのようなオンライン授業を積み重ねてきたのであれば、2020年からの新型コロナによるオンライン授業への切り替えもスムーズでしたか。
はい。オンラインの大きなメリットの1つは場所を選ばないということですね。コロナの影響で人の往来が途絶え、来日できない人もいれば、逆に日本から出国できない人もいます。教室に来られる人や来たいという人もいれば、日本にいてもあまり電車で移動はしたくないという人もいます。オンラインであれば、教え手も学習者もどこにいようと柔軟に対応できます。
オンライン授業のほうが対面よりリアル?
――対面授業とオンライン授業には、どのような違いがありますか。
まず、それぞれに良い面はありますので、対面と同じことをオンラインでやろうとはしないほうがいいと思います。例えば、対面で行うようなレアリアなどを使った導入をオンラインで行っても、うまくいくとは限りません。むしろオンライン授業の良さを生かすにはどうしたらいいか、という観点から考えるといいのではないかと思います。
――オンライン授業の良さにはどんなものがありますか。
まず、学習者からすれば、授業に集中しやすいということがあると思います。対面ではどうしても、他の学習者の様子が目に入ったり、声が気になったりしますが、オンラインでは学習者にとっては「自分と先生の1対1の空間」になります。その分、授業に集中しやすいと思います。また、オンラインのほうが対面よりリアルな世界が広がっていると言われることもあります。
――対面のほうがリアルなのではないでしょうか。
リアルな教室空間が人為的に作られたものであるのに対して、オンラインは画面の背景に教え手や学習者の日常が垣間見られたりします。時には、家族の声やペットの鳴き声が入ったり(笑)。対面授業が日常生活から切り離されているのに比べて、オンライン授業は日常生活の中に入り込んでいるように思います。
――それは面白い捉え方ですね。教える側にとってはオンライン授業のメリットは何ですか。
先ほども申し上げた、オンライン授業は場所を選ばないということですね。対面の場合、決まった時間にその場所に教師がいなければ授業が成り立ちませんが、オンラインであれば、自宅にいても離れたところにいても、極端に言えば海外にいても授業が成り立ちます。そうなると優秀な日本語教師のところには、世界中からオファーが来ます。また、企業のクライアントの中には、日本語教師の交通費がかからない分オンラインのほうがいいとおっしゃるところも増えています。
インターネットの怖さ
――オンライン授業のメリットを主に挙げていただきましたが、逆にリスクにはどのようなものがあるのでしょうか。
いちばん怖いのは、教え手に知識がないばかりに、知らないうちに違法行為を犯していたり、個人情報を漏洩してしまったりするリスクがあるということです。
――日本語教師が犯しやすい違法行為には、どのようなものがありますか。
オンライン授業で市販教材を無断でコピーして画面に共有して授業をしてしまうような行為ですね。著作権の侵害になります。以前から日本語学校等でこういった違法コピーは、違法と認識されつつも行われており問題となっていたのですが、そのことがオンライン授業に移行することで顕在化し、今大変大きな問題になっています。
――個人情報の漏洩についてはいかがですか。
企業研修などの場合は事前に各企業ごとの厳格な誓約書にサインしていただくのですが、学習者と教え手が個人的にメールアドレスやLINEなどを交換し、勝手に直接連絡を取ってしまうようなことがあります。そこから、その両者の友人などに個人情報がいつの間にか漏洩してしまい、問題になるようなケースです。個人情報の扱いは、大変大きな問題ですね。それから、レッスンの様子を写真にとって、学生や関係者に許可なく、勝手にSNSに挙げてしまうようなことも深刻な問題につながります。
――インターネット社会では、本人に悪気はなくても大きな問題を引き起こすリスクがあるということですね。教える側がこれまで以上に著作権についての知識や、プロの日本語教師としての自覚を持ち、細心の注意を払っていかなければならないところですね。
オンライン日本語教師としてデビューするために必要なこと
――これからオンライン日本語教師を目指す人は、どんなことを身につけていけばいいのでしょうか。
オンライン授業はこれからますます盛んになり、また進化していくと思います。技術的なことも日進月歩ですね。そういった最新情報もアップデートしながら、何よりも自らのオンライン授業の実践を重ねていくのがいいと思います。
――これまで主に対面で授業をしてきた日本語教師の中には、パソコンやインターネットは苦手という人も少なくないようです。
そういった方にこそ、ぜひ一歩踏み出していただきたいですね。オンライン授業の組み立て方やツールの使い方なども、基本的なことを一通り学べば不安が払拭されると思います。実はそういった方のために、2021年6月から「オンライン授業のための日本語教師育成コース」というものを立ち上げました。
――それはどういったコースですか。
3カ月でオンライン日本語教師としてデビューするために必要なことを一通り学べるコースです。科目は、オンラインレッスンの基本、zoomなどのツールの使い方、スライドの作り方などをビデオとライブ授業で学んでいただき、その後に授業見学、演習、外国人に実際にオンラインで教える実習までを含みます。これまで行ってきた教師研修のセミナーなどのアンケートで、オンライン授業の基本を包括的に学べる講座を希望する声が多く、このようなコースを準備しました。
――まだまだコロナは収まる気配はありませんが、ある程度収まった後も、オンライン授業の需要は企業研修や個人レッスンを中心に伸長していくものと思われます。これからオンライン日本語教師を目指す人にとっては心強い内容ですね。本日はありがとうございました。
倉持素子
リンゲージ日本語学校校長。国立国語研究所日本語教育長期専門家研修修了。30年にわたり、企業で働く人々とその家族、留学生、アスリートやアーティストなど、さまざまな学習者を対象に、目的に沿った日本語レッスンやコンテンツを提供し続けている。
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