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授業のユニバーサルデザインを目指す日本語教育

ユニバーサルデザイン(以下UD)とは、文化・言語・能力の違いや障害有無などを乗り越えて、できるだけ多くの人が利用・参加できることを目指したデザインやプロセスのことです。駅で目にすることが多くなった、幅の広い改札(車いすの人でもそうでない人も通りやすい)などが、その一例です。このUDの考え方を日本語教育に生かす活動を実践している横山りえこさんに、UDについて考えるようになったきっかけや、日本語教師にも知っておいてもらいたい大人の発達障害についてお話しいただきました。

UDを考えるきっかけとなった、ある学習者との出会い

――横山さんは「授業のユニバーサルデザイン」(以下UD)を「学力差や障害有無等に関わらず、誰にとってもわかりやすい授業」と定義します。そもそも、横山さんが授業のUDを目指すようになったのは、今でも忘れられない2つの出来事があったからだと言います。

今から10年ほど前、私は国際交流基金から派遣していただきオーストラリアの教育機関におりました。当時、派遣先の一つがラーニングセンターを併設しており、障害のある児童生徒のサポートに力を注いでいる学校でした。ラーニングセンターで学んでいる児童生徒は、通級科目で通常学級と合流するのですが、そこでは障害有無関わらず誰もが互いを尊重し、特別扱いしたり、されたりすることなく楽しく学んでいるのです。多様性を尊重するオーストラリアの教育現場の目の当たりにして、「学ぶ」ことの本当の意味を見つけたように思いました。

もう一つは、7年ほど前にご一緒していた一人の日本語学習者さんに対する反省があるからです。その方は母国では社会的な地位も高く、大変な努力家でもあったのですが、どうしても、ひらがな・カタカナが覚えられなかったのです。当時も私なりに勉強の仕方を工夫したのですが、なかなか結果が伴わず、結局その方は日本語教室に来なくなってしまいました。後に、発達障害に詳しい方から「もしかすると、発達障害特性があったのではないか」と言われ、発達障害特性についてもっと知りたいと思うようになりました。

――近年、「大人の発達障害」という言葉をよく聞くようになりました。発達障害にはADHD(注意欠如・多動症)、ASD(自閉スペクトラム症)、LD(学習障害)などがあります。それらは大人になって急に現れるものではなく子どもの頃から特性が見られますが、子どもの頃は特性によるつまずきが表面化しないこともよくあります。

発達障害にはいろいろな種類があり、その表れ方もさまざまです。生きにくさを感じ、辛い想いをする方もいれば、全く自覚のない方もいます。目に見えない障害であるため周囲からもわかりにくく、たとえば学習者の日本語習得がなかなか進まない場合や好ましくない行動がみられる場合、周りはそれを本人の努力不足や、固定観念から来るステレオタイプな理由に帰してしまいがちです。そういった誤った見解から、仕事や学業で不利益を被ってしまう方もいます。日本語教師は、目の前の学習者をよく観察すること、そして教師間や関係者間で学習者についての情報や知見を共有することが大切だと思います。

――もし、目の前の学習者に何らかのつまずきがあるのではと思った時には、どのような対処方法があるのでしょうか。横山さんは対処法を考える際に、「日本語教師がいろいろな引き出しを持っていること」が大切だと言います。

きっかけとなった学習者さんとご一緒していたとき、イラスト想起やローマ字の使用など、その時考え得る練習方法をいろいろ試しました。でも、当時の私は「なぜ書けないのか」という原因を探るより、「どうしたら書けるようになるか」ばかりを気にして結局あれこれ練習方法を考えるだけでした。今なら、目の前の方がどんな原因で何につまずいているのかを考えると思います。そして、原因に応じてアプローチを考えます。例えば、学びやすく工夫されたノートや筆記具の提案をしたり、パソコンやタブレットの使用をすすめたり。苦手なところを必要以上に頑張るということではなく、原因となるつまずきを補うための方法を検討したり、得意な部分や方向からのアプローチを検討したりします。まずは、教師がいろいろな引き出しを持ち、柔軟に対応できることが大事だと思います。すべての行動には理由や原因があるのです。

多様性を認める社会の環境と周囲の理解

――ところで発達障害というと、一般には「何かが欠けているようなイメージ」が持たれることも多いようですが、それはその人の「特性」であり「個性」でもあると横山さんは言います。

仮に何らかの発達障害特性があったとしても、それは決してネガティブなことばかりではなく、環境整備と周囲の理解さえあれば特性はどれだけでも強みになります。オーストラリアのラーニングセンターはそのような環境でした。障害有無関わらず、各自が自分の持つ強みを生かし、その人らしく活躍できる場があるということが大切だと思います。

――実は発達障害を持った人の中には、大きな才能を持った人も多いと言われています。例えば、モーツアルトはADHDだったとも言われていますし、アインシュタインはASDだったとも言われています。また、スティーブン・スピルバーグは自分がLDであることを公表しています。

ADHDと言っても、見方を変えれば「発想豊かで行動力がある」ということになりますし、ASDの特徴でもある「強いこだわり」は「一つの道を究める」ということにもつながります。周囲の理解があるかないかで、特性の見方も変わってくるのです。

そのような多様性を認める余裕が、徐々に社会の中になくなってきているのではないか、日本社会の同調圧力も未だ根強いのではないかと危惧します。「長いものには巻かれろ」「出る杭は打たれる」などのことわざが日本にはありますが、この“周りと合わせる”ということが、そもそも発達障害を持つ人にとっては難しいことなんですね。他者、つまり互いの違いを認めて尊重できる環境、すべてを否定的な見解から捉えず、“まずは受け入れる”という雰囲気が、社会にはもっと必要なのではないでしょうか。私は常に「“普通”ってなんだろう」ということを意識するようにしています。

授業のオンライン化もUD化へのヒントになる

――横山さんは「授業のUD化」を目指す上で、そのアプローチを目の前の学習者と一緒に考えていきたいと言います。

障害名や、障害有無そもそも関係ありません。大切なのは目の前にいる日本語学習者が何かにつまずいているのであれば、それを一緒になって考えてクリアしていけばいい、ということです。学び方、考え方は人それぞれです。アプローチもいろいろとあっていいと思います。そのアプローチを考える際の引き出しの一つとして、発達障害についての知識も日本語教師の皆さんには知っておいていただきたいのです。学習者のつまずきの原因がわからずにあれこれやってみても、なかなかいい結果は出ません。発達障害に関する知識が、その原因を探る一助になるかもしれません。

――発達障害については小学校や中学校の先生方を中心に学会や研究会ができていますが、まだまだ日本語教師にはなじみが薄いかもしれません。

はい。しかし、最近では日本語学校など、教師研修の一環として発達障害や授業のUD化についてお話をさせていただく機会が増えてきていますので、今後も積極的にその必要性について発信していきたいと考えています。

――最近はコロナ禍でオンライン授業への移行が進んでいますが、これもUD化とつながりがあると横山さんは指摘します。

オンライン化が進むことで授業に出やすくなったという声は日本語教育の分野だけでなく、学校教育の分野からもよく聞きます。一人でPCに向かうので集中しやすくなった、非同期型であれば自分のペースで学習が進められる、これまで不登校になりがちだった児童生徒も授業に参加しやすくなったと肯定的に捉える声も聞かれます。しかしその一方でオンラインが苦手、対面がいいという声もありますので、一律にオンラインがいい/悪いではなく、学習者それぞれが学びやすいカタチが保障されている、つまり、学び方の選択肢が広がった、と考えています。

横山りえこ

名古屋大学大学院日本語教育方法論講座博士前期課程修了。授業のUD化コーディネーター・「みんなで多読」代表。留学生や就労者への日本語教育や教師育成に携わる傍ら、子育て世代の生活者を中心とした日本語学習支援教室を開催。誰もが学びやすく、その人らしい活躍ができる授業のUD化を広める活動を行っている。パンシェルジュ2級。美味しいパンを求めて国内外旅するのが趣味。

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