ICTの進展に伴い、社会の中にこれまでになかったさまざまな新しいサービスが生まれています。今回ご紹介する「Sail(セイル)」もその一つです。これは、日本語を話したい外国人と日本人のシニア層・ミドル層をマッチングして、日本語でのおしゃべりを楽しんでもらおうというアプリです。世界的なコロナ禍で人と人との対面での交流が難しくなっている状況の中で、このアプリの利用者が増えています。また、シニア層の地域のコミュニティ活動の促進という観点から、全国の地方自治体も注目しています。(編集長)
25分間、日本語を話したい外国人と楽しくおしゃべり
お盆の真っただ中の8月13日(木)朝。筆者はスマホの画面を開いて「Sail(セイル)」というアプリを立ち上げ、これから始まるベトナム人との日本語会話の準備をしていました。やがて、画面に現れたのは、神戸在住のベトナム人の技能実習生。来日4年目で既に日本語能力試験のN2に合格しており、流暢な日本語で自分の仕事や日常生活のことをいろいろと話してくれました。今日は食品製造工場がお休みのため、日本人とおしゃべりしたいと思い、このアプリを利用したそうです。
「Sail(セイル)」は、日本語を使って国や世代の異なる人々と交流するサービスです。簡単に言えば、異文化交流のための日本人と外国人のマッチングサービスと言っていいでしょう。スマホにアプリをダウンロードして使うこともできますし、パソコンから利用することもできます。事前に日本人側がおしゃべりしたい日時を登録しておくと、それを見た外国人が申し込んできて、マッチングが成立します。私自身も、前日の朝にアプリをダウンロードして登録したところ、さっそくその日の午後には1件のマッチングが成立し、次の日にはおしゃべりを楽しむことができました。アプリは非常にシンプルで使いやすく、また日本人側はお金がかからないので、個人情報をほとんど登録せずに利用できるので安心です。
「Sail(セイル)」は日本人のシニア層・ミドル層と、日本語で話したいと思っている外国人をマッチングすることを推進しています。この動きに地方自治体も注目しており、神戸市の「STOP COVID-19 #Technology」プロジェクトや、神奈川県の「新しい生活様式におけるコミュニティ再生・活性化モデル事業」プロジェクトなどに採用されています。
ただでさえ孤独感を抱え、孤立しがちな日本の高齢者は、現在のコロナ禍において地域コミュニティなどの活動が制限され、周りとのコミュニケーションの機会が失われてしまっています。一方、海外には日本への入国制限がかかり、来日したくてもできない外国人がたくさんいます。こういった課題をICTを使って解決しようとしている株式会社Helte(ヘルテ)の代表取締役・後藤学さんに話を聞きました。
日本人は教えるよりも学ぶことのほうが多い
――現在、「Sail(セイル)」はどのぐらいの人が使っているのでしょうか。
95カ国の9000人以上の人に使ってもらっています。利用者は外国人側から見ると大きく二つに分かれます。個人でお金を払って参加している人たちと、管理団体や送り出し機関、外国人受け入れ企業などの団体が一括してお金を出して使っている技能実習生などです。個人向けでは台湾やヨーロッパなどの人たちが多いです。一方、技能実習生などの場合は、技能実習生を送り出しているアジアの国々の人たちが多いです。
――それぞれの外国人のニーズに特徴はありますか。
個人向けの場合は、日本の文化的なことを知りたいといったニーズが多いですね。例えば、日本の神社のこととか、特定の都道府県の観光地のことなど、かなり個別具体的なことを知りたがります。一方、団体の場合は、今度「A市の工場で受け入れてもらうことになったので、事前にA市の人と話していろいろと教えてもらいたい」といったニーズが多いです。
――初めて来日する人は不安でしょうから、自分が住むであろう町の人と話したいという気持ちはよくわかります。そういった場合は個別に、その地域の日本人とマッチングしたりするのですか。
はい。日本人の登録者のデータベースを見て、必要に応じてヒアリングなどもしながらマッチングしています。ちなみに外国人の登録者は海外在住者が8割、日本国内在住者が2割です。
――マッチングはお互いのニーズや満足度が大切だと思いますが、そのあたりはいかがですか。
お陰様で、外国人・日本人双方から高い評価をいただいています。海外に住んでいる外国人の悩みは日本人と話す機会がないことなんです。「気軽にたくさん日本語でおしゃべりしたい」というのが外国人のニーズです。一方、日本人からは「外国人と話して自分が知らないことがたくさんあることに気づいた」「外国人に対する差別意識がなくなった」というフィードバックが多いです。実際のやりとりを我々も観察することがよくありますが、どちらかというと「日本人が日本語を通していろいろなことを学んでいる」という構図が多いですね。
――外国人と日本人の双方がいい学びをしているようですね。
アメリカ人のおばあちゃんから人生を学んだことがきっかけ
――もともと、後藤さんはどうしてこのサービスを始めたのですか。後藤さんのバックグラウンドを教えてください。
私は現在28歳です。千葉県の柏市出身で、会社も柏市に立ち上げました。フォトジャーナリストだった母の影響で幼い頃から世界のいろいろなところを転々としました。大学生の時に、アメリカとインドに交換留学する機会があり、またその後、世界30カ国を放浪して見聞を広めました。大学卒業後は1年間会社員として働きましたが、2016年に株式会社Helte(ヘルテ)を立ち上げました。外国人と日本人のマッチングサービスを始めたのは、これまでの自分自身の生い立ちが反映されていると思います。
――日本の高齢者を意識されたのはなぜなのでしょうか。
交換留学から帰ってきて、アメリカのフロリダに住んでいるおばあちゃんとしばらくオンラインで話す機会があったんです。その時は英語よりも、そのおばあちゃんの話す人生経験からいろいろなことを学びました。アメリカ南部の文化やそこで生きるアメリカ人の考え方などを聞き、お年寄りの経験や知恵をもっと社会に還元したいと思ったんです。日本はアメリカ以上に高齢化が進んでおり、高齢者の孤立化などの問題があることも聞いていましたので、海外の若者と日本の高齢者をマッチングするサービスを思い付いたんです。
――現在のところの日本人と外国人のバランスはどうですか。
現在、マッチング率は65~70%です。これはマッチングにおいては「健康状態」と言っていいと思います。コロナ禍において、日本人も外国人も周りとの社会的な交流が少なくなる中で孤立感が深まっており、それを解消する手段として神戸市や神奈川県などのプロジェクトにも採用されました。地方自治体からの問い合わせも増えています
――コロナ禍で日本人の高齢者の中には、例えば介護施設に入っていても、家族との面会もなかなかできない人もいると聞いています。そういう人たちにとっては、とてもいいサービスですね。いろいろな国の人と話せば、認知症の予防にもなるでしょうし。ところで、日本人の中には日本語教師の方もいらっしゃいますか。また、おしゃべりの中で日本語のレッスンのようなことが行われることはありますか。
「気軽に楽しく交流する」ということを大切にしていますので、あまり教える/教えられる関係にはならないようにしています。それでも、Sail(セイル)を使ったことがきっかけで、日本語教師養成講座を受けにいった人もいるみたいですよ。日本人側では週1回のオンライン上のコミュニティも運営しており、そこでは早稲田大学の日本語教育研究科の大学院生に入ってもらって、外国人からの日本語の質問にどう答えたらいいか、などを共有してもらったりもしています。
――今後の目標を教えてください。
定量的には参加者数とそこで行われる会話数(25分間のおしゃべり)を増やしていきたいと思っています。今は世界的にコロナ禍で、人と人とが行き来できずに交流が分断されています。こういう時だからこそ人と人をつなげることが大事だと思っています。ICTを使ってコロナ禍の課題を解決しながら、多文化共生と相互理解を実現していきたいと思います。
――本日はありがとうございました。
Sail(セイル)
株式会社Helte(ヘルテ)が運営するオンラインコミュニケーションサービス。スマホにアプリをダウンロードして使うか、パソコンからも利用できる。95カ国の9000人以上の外国人と日本人の「日本語によるコミュニケーション」を促進している。
https://www.helte.jp/sail/
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