フリーランスで日本語を教える日本語教師のパイオニア小山暁子さんは、30年に渡りフリーランスとして多くのビジネスパーソンに教えてこられました。今回は、日本語教育界への恩返しとして主宰する日本語教師対象のセミナー『サタラボ』についてお話をうかがいました。
6年目を迎えた『サタラボ 』。続けるつもりはなかった
『サタラボ』は小山先生が主宰する、奇数月の土曜日に開催されている日本語教育に携わる人を対象とした勉強会・研究会です。希望者が多く参加できなかった場合には偶数月の日曜日に同じ内容のレビューが行われます。ビジネスパーソンへの教え方、フリーランスで教えるということなどについての講演から始まり、人気を博し定期開催化されました。
ーーなぜ『サタラボ 』を始めようと思ったのですか?
実は、こんなに続けられるとは思っていなかったんです。フリーランスの働き方を知らない人が多かったので、それを話して欲しいと出版社や日本語教育機関から講師として呼ばれることがあり、断らずに受けていました。そうしたら、その場に来られなかった人たちからまたやって欲しい、次回開催されるときには知らせて欲しいと言ってもらえることが重なったんです。だったら自分でやってしまおうと開催したのが最初です。皆さんが聞きたいことはビジネスパーソンへの教え方やフリーランスについてだったので、3回くらいで終わる予定でした。しかし参加者の皆さんから続けて欲しいとの要望をもらい、定例開催日が土曜日に決まったので、サタデーラボ(土曜日の実験室)、つまり『サタラボ』と名付けました。当初は毎月テーマを変え開催していましたが、キャンセル待ちの人のため、月に2回、3回となってきたら、とうとう土日も休みがなくなり、体がもたなくなったので、現在は奇数月の土曜日に新しい内容、偶数月の日曜日に同じ内容を行う形になりました。
サタラボは、日本語教育の世界に私ができるささやかなペイフォワードをという気持ちから始まりました。私の時間が空いている時にできることをしたいと思い、走り出す前にこの思いつきを話したふたり、伊藤麻友子さんと森谷智美さんが手伝いを申し出てくれました。こうして最初から事務局として関わってくれているふたりもこんなに続くとは思っていなかったと思います。この6年間にふたりはママになり、私はサタラボを続ける新たな使命を感じることとなりました。子育てをしながら日本語教師としてのキャリアも積みたいママ教師が学び続け、仕事も続けられるような機会を提供できるサタラボにしたいです。会場側が許せば子連れ参加、大歓迎です。子育てと仕事を両立するワーママが増えてきた今、日本語教育の世界も変わっていけるはずです。
次のステップへのチャンス、新たな道を見つける場『サタラボ』
サタラボでは4つの場を提供しています。講師の方々から新たなことを学ぶインプットの場。学んだことをグループワークでやってみるアウトプットの場。働き方や職場、経験もまちまちの日本語教師、日本語教師を雇う企業や学校サイドの人、日本語教育のため教材を作る人…垣根を外すことで生まれる気づきで化学変化が起こる場、そしてお菓子をつまみながらの休憩時間やランチ懇親会で悩みを相談し合ったり、協働して新しい仕事を生み出したり、各々に合った転職先を紹介し合ったりする繋がりの場。どんなことでも、インプットしただけでは身につきません。ワークでアウトプットし、身につけてから自分の授業などで使ってもらえるようにしています。すべてを使う必要はありません。これが正しいとか優れているとかいうものもないと思います。参加者が自分の職場、自分の生徒に有効だと思うことを取捨選択して授業に生かしてくれればいいと思います。
ご自分からサタラボで講師を務めたいと手を挙げてくださる方もいらっしゃいますが、たいていは私自身がこの方にこのようなセミナーをやっていただきたいと企画をもってお願いに伺います。サタラボを始めた当時は所属機関のないフリーランスの私が学べる場がほとんどなかったので、私が聴講したいと思う方に講師をお願いしていましたが、素晴らしいコンテンツをもっていながら今まで機会のなかった方にはデビューの場を提供するようにもしています。参加者の方々の満足が得られなければ、サタラボで講師をしたことが仇になってしまいますので、当日までに何度も私にダメ出しされたりもしますが、サタラボ登壇を次のステップへのチャンスにしていただきたいです。参加者にも、職場から離れ、気の合う仲間に出会ったり、今まで考えてもみなかったような新たな道を見つけたり、ご自分の開催する勉強会に誘ったりして世界を広げていただけたら嬉しいです。
スタートから6年、ほぼ皆勤賞の方々もいらっしゃいます。開催当日、会場の準備から受付、片付けまでスタッフのように支えてくださいます。私も勝手にシスターズなんて呼んで甘えさせていただいています。学校を使わせてくださる方々もいらっしゃいます。仕事では長年フリーランスとして、営業から請求業務まですべてひとりでやってきた私が、サタラボを通して、ひとりではできないということも合わせ、人一倍学ばせていただき育てていただいています。
プロの日本語教師とボランティアの協力と棲み分けが重要
ーー『サタラボ』を通して、日本語教師を目指す人は増えてきていると感じますか?
目指している人は増えてきていると感じますね。ただ、目指す人が2種類あり、定年退職後にライフワークとして教えたい人やご主人の扶養内で働きたいと思う人。それと、プロの日本語教師としてバリバリやっていこうと思う人です。
前者の人たちもプロなのですが、収入は低くていいからやりがいや生きがいのため働く人もいます。しかし、もしやりがいや生きがいのためだけなら、ボランティアでいいのではないかと思いますね。プロとして日本語教師を生業にしようという人は、それで生活していかなければならないわけです。低料金で教える人が多くなると、日本語教師として生計を立てようという人の足を引っ張ることにもなります。行政もいつまでも無料のボランティアに「おんぶにだっこ」、お金を払ってまで教師を雇う必要はないということになります。やる気があり優秀な教師でも生活できないとなると、バイトをしたり、転職したりしなくてはならなくなります。そのため、やっと実力がつき、これからという教師が30代や40代で辞めてしまい、いつも教師不足で悩む学校では新人を育てるということがおろそかになります。日本語教師が量産されていても職業としてなかなか安定しないのは、そういう現状があるからなのではないかと思います。きつくてお金にならないと、プロの日本語教師でも、自己研鑽して頑張っていこうという気持ちにはなれませんし、教材を自前で買って勉強する余裕もできないと思います。職業として日本語教師を選ぶ人には、教師力をつけ、プライドをもって適正料金を要求してほしいと思います。
日本語力がゼロの人にはできれば週3回くらいはレッスンを受けて欲しいところですが、費用もかかります。そんな時に私は、週2回は私が教え、残りの1回はその地域の、ボランティア教室を探して勧めています。ボランティア教室の担当の方に学習者のノートにメッセージを添え、例えば「『私は○○が好きです。』というフレーズを教えましたので、このフレーズを使った練習をさせてあげてくれませんか。よろしくお願いします」と伝えます。実際とても優しく上手に練習させてくださるボランティアの方々に助けられています。このようにして、日本語教育を生業にする私たちはボランティアの方々と共存できるのではないでしょうか。
ある時、日本語を教えるボランティア80名くらいが集まる地方自治体からの依頼で、日本語能力試験のN2とN3に合格させるための教え方を3時間で講義して欲しいと言われました。プロの日本語教師であれば、3時間でマスターできるN2とN3に合格させられる方法なんてないことはわかるはずです。しかし、ボランティアの方々は、きっと何か隣人を合格させる秘訣があるのではないかと真摯に学ぼうとなさっているのです。私は、この「合格させるための授業」はプロの日本語教師が行い、習った日本語の練習や地域での生活の支援や心の支えをボランティアの方々が手伝ってくれるというように棲み分けができればいいと考えます。
私を育ててくれた日本語教育の世界でペイフォワードしたい
ーー『サタラボ』で今後伝えていきたいことはなんですか?
『サタラボ』には日本語教師養成講座に通っている最中の方も来ますが、基本的には現役教師を対象としているので、日々の授業をよりよくしていくための学びの場を提供することにしています。自分の勤める大学や日本語学校、専門学校の外に出て、様々なことを学び、それぞれの現場で生かし、教師としての力をつけてもらいたい。
サタラボにはビジョンがあります。「行列のできる教師になろう」これは、日本語教師ならだれでもいいのではなく、授業料がちょっと高くても、空き時間がないなら数か月待っても、他の誰でもない「あなたに習いたい!」と言ってもらえる教師になりましょうということです。専門用語だけ知っても内容がわからないのでは困るし、わからないことをそのままにして進んでしまい、結局最後まで理解できなかったなんてことを防ぐため、講師を引き受けてくれる人には、日本語教育の専門用語を使わないで説明することをルールとしてお願いしています。専門用語を使うなら、簡単に説明をしてもらいたいとお願いしています。そうすることで、養成講座受講中の人でも、昼間他の仕事をしながら、退社後や休日に教えている人でも、そして日本語教師を雇っている企業サイドの人でも参加したら理解し、身につけて帰れるようにするためです。
日本語教師歴が長くなると、日本語教育界の常識が一般社会の常識だと思ってしまいがちです。それがそうではないと気づかせてくれるのは日本語教師になって日の浅い新人さんだったりします。教師歴の長い人からのみ学べるわけではありません。参加したら誰でも自分の考えを言えて、学び合えるように「先生」とは呼ばずに「〇〇さん」とフラットに呼ぶようにしています。
学校で長年日本語教師をしてくると、新人教師の育成など外国人を直接指導する以外の仕事が増えてくると思いますが、現場が好きな私は、その大変だけど大切な仕事をずっと避けてきました。しかし、日本語教師生活も30年を超え、この世界に世話になってきた自分が日本語教育界に恩返しできることはなんだろうと考えたときに昔見た映画「ペイフォワード」を思い出しました。恩を返すのではなく、将来の日本語教育界を背負っていく人たちに恩を送る(贈る)それが『サタラボ』です。学校には学校ごとに教え方がありますが、それとは異なる教え方や私の働き方であるフリーランスについて、留学生ではなく社会人のためのレッスンとは、企業に赴き教えるとはどんなものなのかを伝え、同じ職業を選んだ仲間たちの手助けをすることで、私を育ててくれた日本語教育の世界にペイフォワードできたらと思ってます。
最後にこの場を借りて、お礼の言葉を言わせてください。
つい先日、11月のサタラボ当日、不覚にも6年間で初めて、立ってもいられないほど体調を崩してしまいました。朝イチで配布資料、文具、休憩時間のお菓子、ランチタイムのドリンク等を家人の車で届け、あとは、事務局、シスターズ、お忙しい中ご登壇くださった近藤彩先生、当日会場を貸してくださったKCP地球市民日本語学校の副校長高橋百合子先生にお任せし、責任者不在のまま開催させていただきました。後日、参加者の皆さんの感想を聞くと素晴らしい勉強会と懇親会になったということです。すべて終わった頃、荷物引き取りの車に乗って行っただけの私にくれたシスターズの気遣いの言葉に涙が出ました。会場側、講師、参加者の皆さんからもたくさんのお見舞いメール等いただきました。いつも様々な形で支えてくださる皆さん、本当にありがとうございます。来年も皆さんのお役に立てるサタラボでいたいと気持ちを新たにしています。
小山暁子(こやま・あきこ)
フリーランス日本語教師。銀行員、役員秘書、店舗経営を経て、パナリンガ日本語教師養成講座、および、NAFL日本語教師養成プログラムを受講。その後日本語学校、総合語学学校など複数校で非常勤、主任教師として従事。1987年にフリーランスの日本語教師として独立後は、日本企業、外資系企業や大使館と契約し、ビジネスパーソン専門でプライベートレッスンやグループレッスン、新人研修などを教えている。2014年からは、東京都内の会場で月に1、2回日本語教師対象のセミナー『サタラボ』を主宰。
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