現在、55の地方公共団体が文化庁の「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」(以下、「推進事業」)に取り組んでいます。では、「推進事業」を活用して、地方公共団体は何に取り組んでいるのでしょうか。それは地域の日本語教育に関する課題を解決することです。ではでは、各地域の日本語教育に関する課題とは何でしょうか。本コラムは、全国の地方公共団体が立てた課題を整理して紹介します。(深江新太郎/NPO多文化共生プロジェクト)
地域日本語教育を地方公共団体が立てた課題から考える
「日本語教育の推進に関する法律」(2019年6月施行)に地方公共団体の責務が明記されたことを受け、地域日本語教育に地方公共団体がより多く携わるようになりました。2019年度に文化庁の「推進事業」を活用した地方公共団体は17であったのに対し、2023年度は55です。このように、地域日本語教育に携わる地方公共団体が増えているのですが、地方公共団体は具体的に何取り組んでいるのでしょうか。
「推進事業」は、実施報告書が文化庁HP内に掲載されています。その実施報告書の最初に「事業実施前における現状と課題」が記されています。これは、各地方公共団体が立てた地域日本語教育の課題です。それぞれの地域の施策はこの課題を解決するために行われます。したがって、全国の地方公共団体の「事業実施前における現状と課題」を整理できれば、地域日本語教育の具体的な課題を展望することができます。
本コラム執筆時点において、公開されている実施報告書は2021年度のものが最新です。したがって、2021年の実施報告書を基に、全国の地方公共団体がどのような課題に取り組んでいるのか整理します。2021年度は41の実施報告書が掲載されています。
地方公共団体が立てた課題のトップ5
では、全国の地方公共団体が立てた課題を見ていきましょう。地方公共団体が立てた課題を整理し、同様の課題を上げた団体が2つ以上あるものを抜き出して多い順に並べたものが表1です。
表1 地方公共団体が立てた地域日本語教育の課題①
番号 |
課題 |
自治体 |
1 |
日本語教室で活動するボランティアの高齢化が進んでいるため、新たなボランティアの発掘と育成が必要である。 |
岩手県、栃木県、埼玉県、神奈川県、長野県、滋賀県、静岡県、京都府、大阪府、奈良県、広島県、山口県、佐賀県、大分県、千葉市、仙台観光国際協会、静岡市、浜松市、熊本市、神戸市、千葉県、京都市(22団体) |
2 |
岩手県、栃木県、熊本市、北九州市、静岡県、奈良県、島根県、京都府、福岡県、仙台観光国際協会、山口県、神戸市、千葉市、浜松市、京都市国際交流協会、大阪市、横浜市、名古屋市(18団体) |
|
3 |
地域内に外国籍住民が散在、偏在しているため、外国籍住民が少ない地域では日本語教室の必要性が十分に可視化されずに空白地域となっている。 |
茨城県、京都市国際交流協会、名古屋市、静岡市国際交流協会、千葉市、宮崎県、大分県、山梨県、長野県、静岡県、京都府、奈良県、広島県、山口県、徳島県、佐賀県(16団体) |
4 |
外国籍住民が増加する中で、特に技能実習生が増加している。 |
岩手県、茨城県、栃木県、島根県、徳島県、福岡県、長崎県、大分県、宮崎県、沖縄県、浜松市(11団体) |
5 |
茨城県、神奈川県、大阪府、徳島県、佐賀県、大阪市、神戸市、広島市、千葉県、三重県、熊本市(11団体) |
表1の通り、1番多かったのは「人材発掘・人材育成」であり、2番目は「ニーズに応える教室運営」、3番目は「外国人が集住していない地域における教室開設」、4番目は「技能実習生の増加」、5番目は「教室運営のための連携体制」となっています。
課題解決に向けた施策
では表1の5つの課題に対し、それぞれどのような解決策が行われているか、一例を見ていきましょう。まず、「人材発掘・人材育成」です。「人材発掘・人材育成」は、全国各地で工夫を凝らした研修、フォーラムが開催されています。例えば、神奈川県は2023年10月28日にオンラインにて、「日本語教室ってどんなところ?~変わりゆく日本語教育と地域の日本語教室を考える~」というテーマでフォーラムを開催します。
■かながわ地域日本語教育フォーラム
https://www.kifjp.org/nihongo/forum
次に、「ニーズに応える教室運営」です。例えば、横浜市国際交流協会(YOKE)は未就学の子どもと親がいっしょに学べる講座を2023年8月にオンラインで開始しました。
■なつやすみYOKEおやこでにほんご(オンライン)
https://www.yokeweb.com/2023/07/12/1-154/
続いて、「外国人が集住していない地域における教室開設」です。この課題については、文化庁が専門家の派遣を通し、日本語教室がまだない空白地域において日本語教室開設を進める事業を行っています。
■地域日本語教育スタートアッププログラム
https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kyoiku/seikatsusha_startup_program/index.html
そして「技能実習生の増加」です。技能実習生を対象にした日本語教室を行うには、企業との協力が不可欠であり、企業と連携した運営体制をつくった取り組みを福岡県直方市・苅田町が行っています。
■日本語教師が有償で携わる、企業出資の地域日本語教室が開講
https://shop.alc.co.jp/blogs/nj-local/20221103-chiikinihongo
■企業と行政が費用分担し、日本語教師が授業を行う教室がスタート
https://shop.alc.co.jp/blogs/nj-local/20230714-chiiki
最後に、「教室運営のための連携体制」です。福岡県古賀市は、多文化共生推進協議会を2021年度より開催し、幼稚園、小学校、中学校、高校、企業、自治会、一般公募の方々から、日本語教室について意見交換を行う場を設けています。
■多文化共生のまちづくりに関わるひとを増やしていくために
https://shop.alc.co.jp/blogs/nj-local/20220922-machizukuri
地域づくりとつながる日本語教室づくり
さて、表1のように課題を整理したところ、計20に課題を分類できました。その中で、私が着目した課題は表2です。
表2 地方公共団体が立てた地域日本語教育の課題②
16 |
日本語を教える場所としてではなく、地域づくりにつながる地域日本語教室を創造していく必要がある。 |
石川県、佐賀県(2団体) |
実際に石川県、佐賀県がどのように課題を立てているか詳細を見てみましょう。
石川県
単に日本語を教える場所としてではなく、言語や文化の異なる外国人住民の人権が守られる形で、中長期にわたる地域づくりの入り口として貢献できる地域日本語教室を、地域と協働して創造していくことが課題である。
佐賀県
地域日本語教室を設置・開催をしても「外国人住民に対しての施策」との印象が強いため、関わるのはごく一部の関係者にとどまっているのが現状である。目の前の一部の人たちの問題への対処という事ではなく、まさに地域づくりとしての取組が必要。
日本語教室は1970年代後半に、市民ボランティアの活動として始まりました。そして現在、在留外国人が初めて300万人を超え、地方公共団体が日本語教室の支援に積極的に携わるようになる中、日本語教室とコミュニティ形成のつながりが問われ始めています。佐賀県が記している通り地域住民の関心が限られたものとなった場合、外国人も日本人も参加者が増えず、結果として、教室が継続しない事態となります。解決案としては、上で記した福岡県古賀市が行っている協議会の開催がヒントになるでしょう。日本語教室を共生社会実現に向けたコミュニティ形成に明確に位置づけていくことは、全ての地方公共団体に共通する課題と言えます。
執筆/深江 新太郎(ふかえ・しんたろう)
「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」をミッションとしたNPO多文化共生プロジェクト代表。ほかに福岡県と福岡市が取り組む「地域日本語教育の総合的な体制づくり推進事業」のアドバイザー、コーディネータ―。文化庁委嘱・地域日本語教育アドバイザーなど。著書に『生活者としての外国人向け 私らしく暮らすための日本語ワークブック』(アルク)がある。
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2024年 07月 31日