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「雑談」の授業について考える②---実践!雑談授業 

第1回の記事では私の「雑談の捉え方」をご紹介しました。私は雑談を「人間関係を円滑にするための言語活動、および身体的動作」と定義しています。そこで、「話す・聞く」に限らず、日本人特有の「身振り」や「相槌」、会話をする時の「身体的距離」なども授業に取り入れています。日本語の授業で雑談指導を扱う場合は「日本人や日本語話者、あるいは日本で生活する人々との人間関係を円滑にすること」が目的となります。今回はこれらを取り入れた授業の実践をご紹介いたします。(執筆:加須屋 希)

第1回目の授業―雑談の重要性を知ってもらい、雑談を録画する

雑談の授業の「第1回目」に必ずすることは、学習者に「雑談とは何か」「雑談の重要性」を認識してもらうことです。彼らの母語での生活の中で、雑談を使う場面を思い出してもらい、その役割について考えます。そしてこの先、日本語で雑談がスムーズにできるようになれば、自分の生活や将来の道がどのように変わっていくのかを想像しながら話し合います。

また、最初の段階で第1回の記事でご紹介した「週末何をしましたか?」といった簡単な雑談をしてみます。雑談は試験等で到達度をはかるのが難しいため、学習者自身が「上達した」と実感するには、学習期間中に何度か同じテーマの雑談をしたものを振り返るのが効果的だと思います。そこで、最初の授業で交わした雑談の様子を録画(あるいは録音)をしたり、話した後の感想を各自がメモしておくと後で振り返る時に役に立ちます。「雑談が何分続くか」を測ってみるのも効果的です。
第1回の授業では「話題がない(と思っている)」ことや、「授業で『雑談を』と言われた戸惑い」などもあるせいか、話し始めるまでに時間がかかります。会話もあまり続かず、2、3ターン(約1分前後)で会話を終わらせてしまうことが多いです。しかし、ここで学習者がそのことを委縮したり、恥ずかしがったりしてしまわないよう「今はこれで十分。ただし、これから3か月後にはもっと話せるようになっているだろう」ということをしっかりと伝えます。

雑談が苦手な3つの要因を克服するために

第1回の記事では学習者が雑談を苦手だと感じている要因を3つ挙げました。

【雑談が苦手な要因

1)雑談のための日本語表現を知らない

2)「雑談のネタがない」と思い込んでいる

3)雑談に対する捉え方の違い

今回は3つの要因を克服するために、私が授業に取り入れていることをご紹介します。

雑談が苦手な要因①「雑談のための日本語表現を知らない」を克服!

 会話表現といえば「依頼する」「謝罪する」「誘う」「評価する」「質問する」などがありますが、これらの表現について学ぶための会話の教科書は沢山あり、例えば「依頼する側」「依頼される側」の表現や、上下・親疎関係による使いわけなどを学ぶことができます。

しかし、これまで出会った学習者に「雑談に関する悩み」をヒアリングしてみると、さらに「些細な場面で使われる表現」に困っている人が多いことがわかってきました。

 

些細な場面で使われる表現と悩みの例

1)「エレベーターの中で先生に「今日はいい天気ですね」と言われた時に良い返事が思い浮かばない

2)雑談の後の会話の切り上げ方(終わらせ方)がわからず、相手が去るまで動けない

 

授業ではこういった場面を取り上げて、その際に使う表現を紹介します。授業内でやりとりの練習をしますが、それだけでは身につかないので、学校の外ではもちろん、学校内で先生に出会った時に実践してみることを推奨しています。「エレベーターの中では話さない」といった文化や習慣を持っている学生もいるので、日本の場合はどのようなやりとりが一般的なのかも併せて伝えることで「このやりとり(雑談)がどんな役割を持っているのか」を知り、自発的に使おうという姿勢も身についてきます。

この時に気を付けているのが「今日はいい天気ですね」といった「話題」だけではなく、話しかけるタイミングや、「あのう」や「いやぁ」といった「話しかける表現(フィラー)」をしっかり練習することです。「話しかける表現」は外国語学習者にとっては非常に重要で便利なもので、これが使えるようになると、その後の会話がスムーズに進むことが多いです。特に「他の人と話すのは緊張する」といったタイプの学習者が身に付けると、緊張がほぐれることが多いようです。

この結果、他の先生方から「〇〇さんがエレベーターの中で話しかけてきてくれた」といったフィードバックをいただくことも増えてきました。具体的にどんなことを話しかけたのか聞いてみると、「今日は暑いですね」から、自分の出身地の今の気候について話してくれたり、天気の話題の他に「先生、髪切ったんですか?すてきですね」と話しかけてくれた人もいたそうです。

雑談が苦手な要因②「『雑談のネタがない』と思い込んでいる」を克服!

この要因は日本語に限ったことではありません。「自分は母語でも話題が豊富ではない」と思っている人が多いようです。第1回でも述べましたが、話題が豊富な人というのは「どんな些細なことでも「話題」として取り上げることができる人」なのです。些細な事とは、自分の経験や身の回りのことはもちろん、昨日電車に乗った時に見かけた光景、ネットの記事で見かけたものなど、誰もが日々目にするものです。それらを「そんな話を相手にしても面白くない」とブレーキをかけてしまうと、何も話せず、「自分は話題が少ない」と思ってしまうのです。

授業では「ブレーキ」を外すために、些細なことを「話す」「聞く」練習を繰り返します。

 

会話例

A:昨日、友達と夜ご飯を食べたんだ。

B:いいね。どこで食べたの?

A:池袋の、中華料理屋。

B:どんな店?

A:中国人がやっていて、中国と同じ料理が食べられる店。

B:へぇ。昨日はどんな料理を食べたの?

A:唐辛子と魚の煮込みと、羊を焼いた料理を食べた。

B:Aさん、その店によく行くの?

A:うん、そこは安いしおいしいからよく行くんだ。

 

この時に大切なのは「聞く側」の反応であり、「聞く時」に感じたことです。話し手は、話を聞いてもらう際に「自分の話に興味をもってくれた」「色々質問してくれた」という反応があれば「自分の話はつまらなくないんだ」と思えるようになります。そこで、聞き手には5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どうして)をベースに、質問をしたり、相槌をうちながら聞くことを徹底してもらいます。聞き手はこの感覚を持って話を聞くことで、些細な内容の話でも興味を持って聞く姿勢が生まれます。

そうして「聞く」と「話す」を繰り返していくうちに、「自分が持っている話題は自分にしかない貴重な情報である」と捉えることができるようになり、いつのまにか「ブレーキ」は外れていきます。

この要因を乗り越えるもう一つの方法は「インプットを増やして、話題を増やすこと」です。当然といえば当然ですが、インプットが多い人ほど、話題が増えます。もし既に「ブレーキを外す練習」をしていれば、インプットした情報が些細なものであっても、それを話題として扱えるようになっています。

授業では「ネットで見かけた、自分があまり興味のないニュースや記事を紹介する」という活動を通じて、自分が手に入れた情報を相手に紹介する練習も繰り返しおこなっています。たとえば、スポーツに興味のない人が、アメリカのバスケットボールの試合の記事を紹介したり、普段ゲームをしない人が、新発売のゲーム機器についての記事を紹介します。

紹介するためには記事を読んで、要点を拾わなければなりません。その時に、「相手に面白いと思った部分を伝えよう」と思いながら読むことを意識してもらいます。そうすることで、自分が興味のないことでもその中に自分なりの面白さを見出せるようになっていきます。それを続けることで「インプットすることの楽しさ」に繋げるのが、この活動の目的です。

雑談が苦手な要因③「雑談に対する捉え方の違い」を克服!

第1回でご紹介した「それぞれの文化の『沈黙』に対する違い」のように、私たちが普段、無意識にしているコミュニケーション手段が文化によって異なるケースはたくさんあります。地域や言語だけでなく、世代や所属するコミュニティによっても異なることもあります。

例えば「相槌」ですが、日本語と学習者の言語での違いを知り、雑談がスムーズにできるように身に付ける必要があります。「相槌」は学習者にとっては習得するのに時間がかかるものの一つです。相槌の有無、タイミングなどは言語によって様々です。日本語は相槌の頻度が高い言語ですが、学習者にとってはどこで相槌をすればいいのかが分かりにくいようです。

授業でも最初に相槌に触れる際は、それぞれの言語や文化の違いについて話し合う時間をとります。

そして実際に相槌を打つ練習をしますが、まずはどこで相槌をするかを知らなければなりません。相槌のタイミングは「話の切れ目」と言われていますが、どこが切れ目であるかを見分けることは難しいです。見分けるためには「文の切れ目や終わりの表現を把握する」や「会話を予測する」といった知識もある程度必要になってくるかもしれません。それを知って、相槌をすることを諦めてしまう人もいます。しかし、実際には「自分が理解できたところで相槌を打つ」のが一番よいタイミングなのだと思います。これこそが「自分が理解したことを相手に示す」という、相槌本来の役割なのですから。

相槌に使う言葉のバリエーションや上手なリアクションの仕方については『日常会話がグーンとアップする 雑談指導のススメ』(凡人社)を参考にしています。

はじめのうちは、トレーニングとして教師の話を聞きながら相槌を打つ練習をします。こちらは週末の出来事や最近観た映画の内容など、簡単なテーマで話します。学習者はそれを聞きながら自分が理解したところで反応をします。可能であれば、教室にもう一名、日本人に参加してもらい、相槌のお手本をしてもらうと、相槌のタイミングや頻度の参考になります。

その後は、学習者同士で話す時にも相槌を打つことを意識してもらいます。そうしていくうちに、自然と身に付けることができます。

私が考える雑談の定義の中には「人間関係を円滑にするためのお互いの距離」といった、言語を使わないものも含まれます。他人との距離、いわゆる「パーソナルスペース」も文化によって異なります。私も学校の中で学習者と話している時に「この人、距離が近いなぁ」と感じることがあります。その学習者と日本人である私のパーソナルスペースが異なるためです。人は自分と違う距離感を持った相手と話す時、心理的に不安を感じたり、居心地の悪さを感じるそうです。

授業では、まずは日本と学習者の国とのパーソナルスペースの違いを確認します。相手との関係や場面によっても異なる「距離」を、実際に巻き尺を使って測ってみることもあります。その上で、「日本人が安心した心理状態で雑談ができる距離」を紹介します。

「雑談」の授業に終わりはない

今回は学習者が「雑談が苦手だと感じている要因」を解決するために、私が授業で実践していることをご紹介しました。このような実践を通じて、まずは学習者が「雑談ができると、周りの人との関係が円滑になり、生活が楽しくなる」という気持ちを知ってもらうことができるようになりました。それは彼らと雑談をした時や、彼ら同士が話している姿を見ることで感じることができます。はじめの頃の授業では義務のように「昨日の出来事」を尋ねたり、「趣味」について話したりしている印象だったのが、いつのまにか自発的に、「話したいから話す」といった姿に変わっているのを感じます。

ご紹介した活動はクラスのタームを通じて継続してやることもできますし、学習者に必要な部分だけを、メインの学習内容と絡めてやることもできると思います。さらに、これらを発展させた活動(例:プロジェクトワーク、ブログやSNSで発信する活動、等)をしながら、雑談する力を身に付けていくこともできます。どれも日本語の習得レベルを問わず、おこなうことができます。

雑談は定義によって様々ですが、「人間関係を円滑にするための手段」として捉えると、教師ができることはたくさんあります。「授業でどんなことをすればいいか」を考える時に、まずは自分自身が普段している雑談の場面を思い出し、客観的に見つめてみるとアイデアが浮かんでくると思います。そして、雑談の授業で大切なことは、学習者のニーズや学習目的に合わせて、彼らのペースに合わせながら進めることだと思います。

雑談の授業の役割は、日本語を使った生活のほんの入り口にすぎません。学習者が教室を出て、日本社会や日本人と接した時に効果が発揮されるものです。今回の記事では、そうした目的を見据えた授業の活動をご紹介いたしました。

 

参考文献:『日常会話がグーンとアップする 雑談指導のススメ』(西郷英樹,清水崇文著 / 凡人社)、『人と人との快適距離―パーソナル・スペースとは何か』(渋谷昌三著 / NHKブックス)

※第3回の記事はこちらから

執筆:加須屋 希

ユニタス日本語学校東京校で専任として働く日本語教師。大学院、大学、専門学校に進学する留学生を中心に日本語を教える。日本語学校でのオンライン授業導入や、「自分で考え、表現する学習者のための授業」を取り入れるなど、これからの日本語学校や日本語教師の在り方を模索し、実践している。
趣味はディズニーランド、シーを散歩すること。1か月に1回の割合で通う、自称「ディズニーランドマニア」である。

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