11月に発売されました、『人とつながる 介護の日本語』は、介護現場で最も重要なコミュニケーションに焦点を当てた外国人介護人材のための書籍です。今回は著者である嶋田和子さんに、この本ができるきっかけとなった介護への関わり、制作にあたってキーになった方々との出会いについてお話を伺いました。
介護ヘルパーのコースを受講し、「日本語学習者」の気持ちに
――まず、介護の分野に興味を持ったきっかけをお聞かせください。
2008年にEPA(経済連携協定)による介護福祉士候補者の受け入れがスタート、私は日本語教育学会の教師研修の委員長になりました。それが最初に介護の日本語に関わるきっかけでしたが、その後、母が介護施設に入所したこともあり、ますます介護の仕事に興味を持ちました。2012年、今まで勤めていた日本語学校を退職しフリーになったのをきっかけに、介護ヘルパー2級(現・介護職員初任者研修)のコースを受講することにしました。そこでは自分のために介護について知りたいという年配の方、専門学校に通っている学生さんなど、老若男女いろいろな人が研修を受けていました。半年間座学や実習などを行いますが、自分が代表のアクラス日本語研究所も立ち上げたばかりで時間的にはいろいろ大変でした。
――やはり介護ヘルパーコースの受講が本書の着想につながったのですか。
ホームヘルパー講座を受講し、実際に介護施設などで実習する中では難しい状況もままあり、「学習者がこのようなことを言われたら戸惑ってしまうのではないか」「何と言ってうまく切り抜ければいいのか」と学習者の立場で考えることがよくありました。また、本書の「楽しい読み物」にある逸話ですが、認知症の利用者さんのある一言に自分は非常に感銘をうけたのに、一緒にいた同僚はまったく気に留めていないということがあり、自分が日本語教師だからこそ気付いたことなのではないかと思い至りました。このような経験から、介護の仕事のなかでコミュニケーションの大切さを学習者に伝えていきたい、と思ったことがこの本を書くきっかけとなりました。
また、介護の日本語に関わるようになり、周りの先生方から私が制作に関わった初級日本語総合教科書『できる日本語』(アルク刊)の介護版があったらいいという話を頻繁に聞くようになりました。そのことも一つのきっかけになっています。
イラストの面から本書を支える、心強い相棒の存在
――本書ではイラストの存在が大きいですが、相棒・油川さんとの出会いを教えてください。
10年ほど前、文化庁の地域日本語教育の研修である大学に講義に行ったのですが、そこでコーディネーターになり立てだった油川さんにお会いしたのが出会いです。その後、OPI(ACTFL,全米外国語教育協会:The American Council on the Teaching of Foreign Languagesで開発された会話試験のこと。Oral Proficiency Interview)のテスター研修に油川さんが参加してくださり、OPIの集まりなどを通じて仲良くなりました。
現在進めている日本語会話テスト・JOPT(Japanese Oral Proficiency Test)で使うイラストを欲しいと思っていたとき、イラストが得意な油川さんが思い浮かび、関わってもらうことになりました。介護職員初任者研修を修了しており、日本語教育と介護どちらにも関わっている油川さんのイラストはこの本でもとても重要な要素になっています。
――油川さんとは二人三脚でしたね。
以前述べたJOPTのこともあり、本書は最初からイラストは油川さん、と決めていました。はじめ私は介護の本を作るならチームを作らないと…と思っていたのですが、なかなか相応しい方が見つからず、書きたい気持ちはあるのに執筆を迷っていました。すると、油川さんに「先生、一人で書けばいいんじゃないですか。自分の思いも込められますし、一貫性もあります」と言われ、やってみようと思いました。2020年にコロナ禍になり、あまり外に出られなくなったのをよい機会に一気に最後まで書き上げました。その後書き直しをしたり油川さんのイラストを入れたりして、サンプル版が出来上がったのがその1年後ぐらいでした。油川さんとは遠慮なくなんでも言い合える関係で、本書の編集過程でも、周りからいただいた様々な指摘は二人で納得いくまで話し合いながら作っていきました。
「目からうろこ」の連続だった監修者からの指摘
――この本の制作にはもう一つ大事な出会いがありますよね。編集協力をしてくださった元木先生、監修の小倉先生について教えてください。
こちらも10数年前になりますが、大阪で『できる日本語』の研修会をしたときJTMとくしま日本語ネットワークのメンバーが参加しており、ぜひ徳島でも研修会を行ってもらえないかと頼まれました。翌年徳島で研修会を行ったのですが、そのときに元木先生と初めてお話しました。元木先生はとても熱心で行動力があります。元木先生の勤める四国大学文学部の中に日本語教師養成課程を立ち上げたのだが、文学部の先生方に日本語教育の大切さについて話をしてくれないかと相談され、オンラインで説明会をしました。それが好評だったということで、今度は四国大学の学生さん向けの講演に呼ばれて徳島に伺ったところ、驚いたことに元木先生は分刻みのスケジュールを段取りし、四国大学の学長や副理事長への面会や授業見学など、大学をすべて案内してくださいました。
そのとき四国大学では介護学科で留学生教育をしていると聞き、「もし興味があるなら」と、持ち歩いていた本書のサンプル版をお渡したところ、さっそく実践してくださることになりました。小倉先生は元木先生を通じて知り合いましたが、介護の専門家であるばかりか日本語教育にも理解があり、日本語教師と介護の専門家が行う授業を実現してくれました。
――元木先生、小倉先生に関わっていただいて、いかがでしたでしょうか。
お二人には本当に感謝をしています。介護短歌を取り上げたいというお話をすると、すぐに四国大学で留学生の介護短歌コンテストを開いてくださいました。どうなるかな、と思っていましたが、留学生の作った短歌はこの本の内容を理解し、介護の心を大切にしてくれていることがわかるすばらしいものでした。
小倉先生のご指摘は、「目からうろこ」の連続でした。例えば車いす移動の課で、利用者が誤って倒れないようにベルトをするくだりがあったのですが、小倉先生から、「利用者の自由を奪うようなことはしません」というご指摘がありました。利用者の安全を考えてそのような内容にしたのですが、小倉先生は、介護する側が気を付けるべきというご意見でした。本当に利用者のことをいちばんに考えた介護なんだ…とプロの意識の高さややさしさを感じ、すぐにその部分を書き直しました。
――最後に、『人とつながる 介護の日本語』について一言お願いいたします。
この本には、他にもいろいろな人が関わってくださいました。また、今後はこの本を使ってくださる日本語教師や学習者も増えるでしょう。本は出版してからはみんなで育てるものですので、これからもみなさんとのつながりに感謝し、より一層よい本にしていきたいと思っています。
――貴重なお話をありがとうございました。
★「介護のこころを伝えたい! 熱い思いで制作された『人とつながる 介護の日本語』発売!」
https://shop.alc.co.jp/blogs/nj-news/entry/20221128-kaigononihongo
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