前回の「コミュニケーションにつながる文法指導1」では、学習者によくある誤用について紹介し、まずは学習者が誤用に気づくことが大切だとお伝えしました。今回はなぜ文法の学習が大切なのかについて私の考えをお話ししたいと思います。文法の学習については、少し誤解もあるのではないかと感じています。(仲山淳子)
文法の勉強はテストのため?
文法の学習というと、学習者も教師も、まず日本語能力試験(JLPT)その他の試験に合格するためと考える方が多いように思います。そのせいか、試験問題の選択肢を並べ、AとBはどう違うか質問してくる学習者が多く、またその違いを教えるのに腐心している先生方も多くいらっしゃいます。
しかし私は、正しい日本語文法を身につけることの目的はコミュニケーションのためだと考えています。相手の発言や書かれた言葉の意図を正しく理解し、自分が伝えたいことを意図通りに表現するためにこそ、正しい文法が必要なのです。そうでないと相手に誤解されてしまうことは、前回書きましたね。「文法なんか間違っても通じればいい!」という方も日本語教師以外ではいるかもしれませんが、そもそも文法を間違えると通じないことも多いです。例えば「読んでください」と「読ませてください」では、行動する人が全く違いますよね。自分が読みたいのに「読んでください」と言ったのでは相手に通じません。
そして文法の知識は、会話や読解や聴解と切り離せるものではなく、すべての技能の基礎になります。
私が文法学習を重視することの背景には自分自身の経験もあります。英語で少し込み入った内容について自分の考えを伝えようとするとき、頭の中に文法が渦巻いてしまい、どれを使ったらよいか分からなくなることがよくありました。そして結局口から出たのは簡単な短い文章だけ。ああ、しっかり英文法を身につけて、スラスラ話せるようになりたい、カッコ悪い間違いをなくしたいと思っていました。それで、日本語学習者の中にも私と同じ思いをしている人がいるんじゃないか、そんな人たちを救いたい!それが文法に特化した授業を行ったり、『日本語文法ブラッシュアップトレーニング』(アルク)を書いたきっかけともなりました。アルクをはじめとして英語にはそのような教材がたくさんあることも参考になりました。
さらに、正しいコミュニケーションができるようになれば、試験の結果もついてくると信じています。逆に試験では正しい選択肢を選べるけれど、コミュニケーションはできませんというのでは、「日本語ができる人」として評価はされませんから。
文法の勉強はつまらない?
もう一つ誤解されている気がするのが、「文法の勉強はつまらない」ということです。会話の時間は楽しいけれど、文法は…、のような声。確かに上で述べたような選択問題を解いていくだけの授業では、楽しいとはいいがたいですね。
解決方法はというと、文法の時間も楽しくすればよいのです。会話の授業を楽しいと感じるのは、自分自身のことを話せるからではないでしょうか。それなら、文法の時間も自分のことを話してもらいましょう。その日に学んだことで自分自身を表現できるのは、学習者にとってうれしいものなのです。日々新しい文法を学んでいけば、その積み重ねで様々なことが表現できるようになるはずです。
また、学習者が学習内容に興味が持てない理由は、「自分と関係ない」と感じるからだと思います。
教科書の例文は教科書の中だけのものと思っているようです。であれば、学習者の生活に関連のあるもの、学習者が興味を持てるもの、学習者の好みにあったもの、そんな教材を選んだり作ったりするのは教師の役割かもしれません。手前味噌になって恐縮ですが、日本語学校の上級クラスで文法の授業を担当したとき、最後のアンケートで「鬼つまらなそうと思っていた授業が、神おもしろかった」とコメントをもらったことがあります。この時は徹底的に学生たちの嗜好に合わせて、授業を作ったことが功を奏したのだと思います。またシラバスも、一応決めていましたが、学生たちの希望に合わせて、追加したものもありました。
文法の練習方法
では私が授業で実際に行っていた指導法を紹介します。この授業では、学習者が実際に自分の思いをアウトプットする練習として、「受身」や「使役」等、特定の文法にフォーカスした練習と、ミニスピーチなど自由にアウトプットする練習の二本立てで行っていました。それぞれをループのように繰り返していきます。これは特定の文法を勉強した際、正しく使うことができても、自分が自由に文を作った時に正確に使えていなければ本当に習得したとは言えないからです。ミニスピーチで特定の誤用が頻出する場合は、もう一度そこに戻って確認することもします。ただ自由なアウトプットではどんな誤用が出てくるか分からないので、教師は常に準備しておく必要がありますね。
特定の文法にフォーカスした練習は、単に言葉を入れ替えたり、活用形を変えさせるだけというようなものではなく、自由度が高く、できるだけ自分のことばで表現できるようなものがよいと思います。
例えば、受身を使った表現なら
1958年・東京タワー・作ります → 1958年に東京タワーが作られました。
のような練習ではなく、(このような練習が全く不要とは言いませんが)
あなたの国にはどんな有名な建物がありますか。紹介してください。
等の質問で、受身を自然に使えるように誘導していくといった練習です。
こちらは『日本語文法ブラッシュアップトレーニング』の各レッスンの最後に「自分のことばで…」として例を載せてありますので、参考になさってください。
文法に自信が持てれば、日本語に自信が持てる!
以前、おとなしくて真面目な学生がテストの裏に「文法に自信がなくてうまく話したり書いたりできません。どうしたらいいですか」という切実な悩みを書いてきたとき、なんとかして彼女に自信をつけさせたいと思いました。週に1回、半年間の文法の授業を続けたところ、自分の苦手な部分が分かり、少しずつ整理ができていったようです。そして翌年3月、就職も決まり、彼女は自信に満ちた晴れやかな顔で卒業していきました。やはり自信を持つことは大事ですね。また逆説的ですが、文法を身につければ文法を気にせずアウトプットできるようになり、文法から自由になれるのです。
最後に
先日、ボランティアで日本語を教えている方から、こんな質問を受けました。
「文法の練習をするとき、学習者に、今何をしたらよいのか分からないという顔をされることがあります。こちらの指示が伝わらないのですが、どうしたらいいですか」
私は、「もしかしたら、『この文法』を教えようとしすぎて、発想が文法中心になっていませんか?自分と全く関係ない設定をアレコレ出されてもピンとこないかもしれません。そうではなく、学習者の立場になって、この人はどんな場面でこの表現を使うだろう、どんな時に必要だろうという発想で練習を考えてみてはどうですか」とお答えしました。やはり文法は学習者が自分の言いたいことをアウトプットするために必要なのです。教師もそのような意識で授業を作っていくことが大切だと思っています。
執筆:仲山淳子
『日本語文法ブラッシュアップトレーニング』著者。流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。5年前よりフリーランス教師として活動。
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