日本語を教えていると、毎日のように学習者の誤用を目にします。コミュニケーションに支障のないローカルエラーもありますが、中には中・上級の学習者でも相手の誤解を招くようなグローバルエラーを使っていることがあります。そのような誤用に日本語教師はどのように対処していけばいいのでしょうか。(仲山淳子)
学習者の誤用から気づいたこと
私はいつの頃からか、日本語学習者の誤用をデータとして残すようになりました。学習者の誤用を知ることで、次の授業の際に、より注意深く教えることができるし、自分の教え方を反省する材料にもなると思ったからです。助詞の間違い、接続の間違い、ボイスの間違いなどカテゴリー別にファイルを作り、テストや宿題や作文などから間違いを拾って、学習者のレベルと国、どんな間違いなのか、本当に伝えたかったことは何かなどについて入力していきました。会話テストの時のメモからも誤用を拾いました。
そうやって集めた学習者の誤用データを見てみると気づくことがありました。今回はその中から、中・上級の学習者にもよく見られる、格助詞、受身、使役、使役受身、自動詞・他動詞などの誤用についてご紹介します。
格助詞
【誤用例】
「今日は私の得意の料理について説明します。まず野菜が切ります。…」
「昨日、部屋にゴキブリが発見した。」
それぞれの文に二つずつ間違いがあります。
まず「得意の料理」。「得意」は、ナ形容詞なので「得意な料理」にしなければなりません。そして「部屋に」は述語「発見した」の場所を表しているので「で」になります。しかしこれらの間違いは、意味を伝えるためにそれほど大きな支障をきたさないのでローカルエラーと言えるでしょう。
問題は「野菜が切ります」「ゴキブリが発見した」の「が」の間違いです。これらは行為者が自分ではなく「野菜」と「ゴキブリ」になり、全く意味が変わってしまうグローバルエラーです。この「が」は対象を表す「を」にしなければなりません。これらの間違いが上級者に頻出するのを見たとき、果たして自分はこの「が」と「を」の違い、間違えるとどのような意味になってしまうのかをきちんと教えてきたのだろうかと考えさせられたのです。「が」も「を」も初級の最初の方に勉強する助詞ですから、学習者は当然わかっているものとしてスルーしてきたのかもしれません。
学習者にとっては「に」と「で」の違いも、「が」と「を」の違いも、一つの助詞の違いでしかありません。「東京に住んでいます」というところを「東京で住んでいます」と言っても、意味は通じますよね。だから「野菜が切ります」も「野菜を切ります」も大した違いはないのではないかと思うのかもしれません。特に日本語のように助詞を使わない言語が母語の学習者には感覚的につかむことが難しいのだろうとも思います。それは日本人が英語の「the」と「a」の使い分けが難しいのにも似ているのでしょう。やはり助詞の役割についてはしっかりと整理する必要がありそうです。
受身、使役、使役受身
受身、使役、使役受身などボイスと呼ばれる文法カテゴリーも学習者に誤用の多いものの一つです。
【誤用例】
「教師は学生に自習された」
「仕事でミスをして上司に責任を取らせた」
「される」と「させる」で、違いは「れ」と「せ」の1文字だけです。だからなのか学習者にはこれも大きな違いと認識されないようです。しかし「教師は学生に自習させた」なら普通の学校の光景ですが、「教師は学生に自習された」だと、何か問題のある教師なのかと受け取られかねません。
また使役と使役受身では行為者が変わってしまいます。部下が上司に責任を取らせるなんて穏やかではありませんね。これを書いた学習者に聞いてみると、言いたいことは部下が上司に責任を「取らされた」ということでした。
これらの間違いは意味が全く変わってしまうので、避けなければなりません。まず学習者にどんな意味になるのか気づかせましょう。私は、行為者を確認するために、「食べられた」「食べさせた」「食べさせられた」と並べて、食べたのは誰?という質問をします。上級の学習者でも結構間違えます。
自動詞・他動詞
「(ドアが)開く/(ドアを)開ける」のような自動詞と他動詞も学習者の頭を悩ませる一つのようです。
【誤用例】
「寒いのでドアを閉まってください」
「店長、お皿が落ちて割れました」
最初の例文は「閉めて」と他動詞を使うべきところを「閉まって」と自動詞を使ってしまった誤用です。自動詞と他動詞は「閉まる/閉める」のように語形が似ているものも多く、そもそも覚えられないという問題もありそうです。この程度の間違いなら、まあローカルエラーと言えるかもしれませんが、「ドアを閉める」等、物に対する意志的な動作をいう時は他動詞を使うことを押さえておきたいですね。
一方、二つ目の例文は文法的には間違っていないのですが、コミュニケーションとしては問題があります。自分の失敗に責任を感じている時などは、自分の行為に焦点を当てて、他動詞を使います。
アルバイト先で、自分の失敗なのに「お皿が落ちて割れました」と言ったらどうでしょうか。「私は関係ありません」と言っているように聞こえて、店長はちょっとむっとしてしまうのではないでしょうか。
学習者に誤用に気づかせることが大切
このような蓄積したデータが元になり、先頃、『日本語文法ブラッシュアップトレーニング』という教材が完成しました。本書では、各レッスンの最初のページに学習者の誤用が取り上げられています。日本語を教えた経験のある方なら誰でも、あ、自分の学習者にもよくある間違いだと思われるでしょう。これはすべて私が実際に教えてきた学習者の間違いです。イラストレーターの方に、間違えると相手にどう伝わるのかをわかりやすく描いていただきました。まず学習者に「あなたが言った日本語は、実はこんな意味になるんです」と気づいてほしかったのです。自分の間違いに気づけば、アウトプットの際に注意するようになり、正しい表現が身についていくと思います。実際に学生からの授業アンケートで「先生に度々指摘されたので、自分でも意識するようになりました。」というコメントをもらったことがありました。
私がこのように学習者の誤用を訂正することが大切だと思うのは、誤用によって言いたいことが伝えられず、相手に誤解されることは、結局学習者にとってマイナスになるからです。であれば、それを防ぐのは教師の役割ではないでしょうか。また意味が通じるローカルエラーであっても、度重なると全体としては分かりにくい日本語になってしまいます。せっかくN1に合格した学習者も、そんな間違いをすると初級者に見られることがあるのはもったいない。つまり、いずれも学習者にとってはマイナスなんです。
現在では学び方が多様化し、YouTubeやSNSを使って独学でも語学が学べるとも言われています。そんな時代の教師の役割は、学習者の誤用に気づき、自ら考えさせた上で、正しい表現に適切に導けることではないかと思います。ただ学習者はこちらが予想もしなかったような間違いをすることもありますから、常に準備しておくことも大切ですね。球がどこから飛んできてもキャッチできるように。教師自身のブラッシュアップトレーニングも欠かさないようにしたいものです。
執筆:仲山淳子
『日本語文法ブラッシュアップトレーニング』著者。流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。5年前よりフリーランス教師として活動。
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