文部科学省の調査によると日本語指導が必要な児童生徒は2018年度で5万人を超えています。その中でも学齢期(15歳まで)を超えて来日したため、義務教育である中学校に入学できず学びの環境からこぼれ落ちてしまっている外国人の子どもたちがいます。そんな子どもたちの高校進学のためのフリースクールを運営するNPO法人多文化共生センター東京の枦木(はぜき)典子代表に、これまでの活動と現状、これからの展望などについてお話を伺いました。
2005年「たぶんかフリースクール荒川校」スタート
――まず「多文化共生センター東京」*1というのはどういう組織なのか教えていただけますでしょうか。
こちらの団体自体は2001年に設立されましたので、もう20年ほど活動しています。
阪神淡路大震災の時、被災した在住外国人を支援するための団体として兵庫県や大阪府に多文化共生センターが作られました。同じように多文化共生社会を目指そうということで、都立高校の教員をしていた方や若いスタッフが中心となって多文化共生センター東京が設立されたのです。当初は高校進学ガイダンスを多言語で行うという支援やボランティアによる学習支援が中心でした。また東京都の外国ルーツの子どもたちの教育状況がどうなっているのか調査報告し、行政に提言をするということも行っていました。そのことから、特に義務教育の年齢を超えて来日した子どもたちが学ぶ場がどこにもないということが分かり、2005年から「たぶんかフリースクール」が始まったんです。
――それが現在も続いている「たぶんかフリースクール」ですね。私も一度授業を見学させていただきました。
はい、現在は荒川と杉並の2校を運営しています。先ほどもお話ししましたように、15歳までに来日した場合は小学校、中学校に入学できるのですが、それを過ぎてしまうと中学校には入れません。かといって、日本語が分からないまま高校に進学することも難しく、子どもたちは何もないところに放り出されているような状況でした。また、憲法・教育基本法で義務教育を保障されているのは「国民」で、外国籍の子どもが教育を受けることについては、保護者の義務としていないことから不就学や不登校の深刻な問題が生じています。そんな学びを保障されていない子どもたちに学びの場と居場所を提供することがスクールの目的です。ここでは学校のように毎日登校し、日本語と数学・英語などの科目を学び、高校受験のための支援を受けたり、不登校の中学生が一時的に学び直しをしたりしています。生徒は毎年50名から60名、国籍は中国、フィリピン、サウジアラビア、ネパール、ベトナム等様々です。フリースクールの開校以来650人を超える生徒が卒業し、上の学校に進学していきました。
国籍、言語、文化の違いをお互いに尊重する多文化共生社会を目指して
――フリースクール以外の活動もされているということですが、教えていただけますでしょうか。
スクールに通う子ども以外にも、日本語学習や日本での進学に不安や悩みを持つ方たちに対して年間200件以上の教育相談を行っています。
また土曜日にはボランティアによる日本語教室を行っています。こちらは小学生から大人までいろいろな年齢の方が学べる場所で、ボランティアの方も高校生からリタイアされた方まで様々です。
団体として受けている活動では、荒川区の「ハートフル日本語適応指導事業」という外国ルーツの中学生への日本語の初期指導があります。2019年からは外国ルーツの子どもへの特別な入試枠がある都立高校に外国籍生徒支援のための多文化共生スクールコーディネーターを派遣するという事業も始めました。
――NPO法人ということですが、活動の資金はどうなっているのでしょうか。
そうですね。どのNPO法人もそこが一番悩みの種だと思うのですが、フリースクールに通う生徒さんからは授業料をいただいています。それだけではもちろんカバーしきれませんので、この活動を理解し応援してくださる企業からの助成や一般の方々からの寄付で運営しています。授業料に関しても奨学金という形で補助を受けることもできます。リーマンショックの時期に一時的に文科省の助成がとれたこともありました。実は自治体に助成を求めようとしたとき、学齢超過の人は義務教育課にも高校教育課にも当てはまらず対象の部署がなくて困りました。現在は東京都生活文化局の在住外国人支援事業として2分の1の助成が受けられています。
――スタッフや教える先生はどのような方でしょうか。
専任のスタッフは4名です。またここの卒業生がインターンとして手伝ってくれています。日本語や数学などの授業を教える先生は時間講師として働いていただいています。元教員の方や420時間の日本語教師養成を受けた方です。
――教える先生はボランティアではないということですよね。
はい、講師料をお支払いする形です。また、授業時間に教えるだけでは子たちへの丁寧なサポートが難しいということから、2021年の9月より担任制を導入しました。これにかかる費用に関しても企業に助成をいただいて始めることができました。
――フリースクールの教材はどのようなものを使っていますか。
フリースクールを始めた当初は、18歳までの子どもたちへの完成された日本語指導プログラムがほとんどない状態でした。それで市販の教材を参考にしながら自分たちで作っていきました。
それから2008年に自分たちで数学の学習用語集の多言語版 *2を作って使い始めたのですが、2015年に三菱財団の助成をいただいて本の形にすることができました。こちらはホームページを通して販売もしています。実は卒業生たちがベトナム語、タイ語、中国語、英語の翻訳を手伝ってくれたんです。最近では理科の用語集も出しています。中学校や高校からまとめて注文をいただくこともあるんです。
学びから取り残されている子どもたちへの支援を
――コロナ禍ではどのような対応をしたのでしょうか。
2020年の3月から5月は公教育の他の学校と同様にこちらも休校にしました。それで6月からは時間を短縮しながら対面に戻して授業を行っています。コロナで入国する人も減りましたので、通常4クラスのところ、現在は2クラスになっています。また土曜日のボランティア日本語教室の方は予約制でオンラインになりました。フリースクールの方も本来は対面で寄り添って支援を行うスタイルなのですが、状況によってオンライン授業に対応できるように準備は進めているところです。
――これから団体としてやっていきたいことはありますでしょうか。
これまでフリースクールとともに外国ルーツの子どもたちへの教育相談を行ってきました。その中で、小学校や中学校に入学したけれど日本語が十分に習得できないという相談が多く寄せられました。学校の授業がまったくわからないまま中学を卒業してしまい、高校に行けないというのです。授業についていけないため不登校になってしまったという話もあります。
また2020年に多かった相談は学校がしばらく休みになった後、3年生の3者面談が行われたとき、担任の先生からこの成績では行ける高校がないと言われたんだけどどうしたらよいかというものでした。
これまで行ってきた学齢超過の子どもへの支援とはまた違った深刻な課題です。何とかサポートする場を作れないかと思い、2021年9月以降週2回放課後クラスというのを作りました。
来日して3年たっているのにカタカナが読めないという子どももいて、基本的な学びから取り残されてしまっている人たちがかなりいることがわかりました。そのような子どもたちを支援していくことも今後やっていきたいと考えています。
――今日はお忙しいところ、お話をありがとうございました。
最後に多文化共生センター東京の卒業生の作文をご紹介します。(原文のママ)
「私は友達から多文化のことを教えてもらいました。
去年の11月の時、多文化で勉強しはじめました。最初、誰も知らないので、寂しいですが、でも勉強のことがすごく楽しかった、友達もできたし、勉強もできたし、本当にここに来てよかったと思います。
18歳になった私は、まだ高校に入ってなかった。1年間の間で、2回試験が不合格になって身心的に受けられない程の辛さ、ずっと一人で我慢しています。
でも、本当に高校に入りたいので、自分の日本語のレベルをあげるため、アルバイトを始めた。半年を過ごして、どんどん上手く話せるようになりました。
また多文化で高校試験のために、毎日頑張って勉強してきました。
面接と作文だけの試験ですけど、でも、私は誰よりも強くと信じました。
この私を支えてくれているのは多文化の先生たちです。
本当にここに来て先生たちと出会って、よかったでした。
私を助けてくれて、私の人生をやり直すため、手伝ってくれて本当にありがとうございます。私にとって第二の親です。」
取材を終えて
日本語が通じないために中学校の休み時間ずっと一人で座っていたという子どもの話を聞いて胸が痛くなってしまいました。1日のうちで話した言葉が挨拶だけだったという子どもも。このようなお話を聞くにつけ、私たち日本語教師にも何かできることがあるように思います。また多文化共生センター東京の荒川校は現在、民間の場所を借りており、枦木さんは行政には是非学ぶための物理的な場所の提供という助成をお願いしたいとおっしゃっていました。
取材・執筆:仲山淳子
流通業界で働いた後、日本語教師となって約30年。5年前よりフリーランス教師として活動。
*1:「多文化共生センター東京」https://tabunka.or.jp/
*2:「多言語学習教材 数学学習用語集・理科学習用語集」 ダウンロードもできます。https://tabunka.or.jp/tagengokyouzai
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