コロナ感染拡大に伴い、多くの人が一カ所に集まるのを避けるために、教育機関はオンライン授業への対応を否応なく迫られました。日本語学校も同様です。日本語学校は海外から学生が留学してくることを前提にしているので、他の教育機関以上にコロナ禍の影響を被りました。アフターコロナからウィズコロナへ人々の意識が変わりつつある今、日本語学校が改めて考えなければならないことを、コミュニカ学院の奥田純子学院長にうかがいました。
日本語学校へインパクトを与えた3つの観点
――コロナがもたらした日本語学校へのインパクトをどのように捉えていますか。
授業のオンライン化は、学生の日本語学習の継続のための緊急避難的代替措置として、また海外で暮らす学生の心理的なサポートという意味でも、必要不可欠なものであったと思います。コロナによる影響は甚大でしたが、一方で日本語学校で行われている教育や学習のデザインや実践を改めて見直す契機となり、デジタル化を進める推進力ともなりました。またそれだけにとどまらず、その教育実践を支える「日本語学校の前提」自体を再考する契機にもなったと思います。
――「日本語学校の前提」とは何でしょうか。
大きく以下の3つの観点から考える必要があると思います。
- 機関の制度設計
- 日本語学校のアイデンティティ
- 日本語教員
――まず、①機関の制度設計について、現在の日本語学校がどういう法制度下にあるのかから教えてください。
一般に日本語学校と呼ばれている機関は、法務省出入国在留管理庁の「日本語教育機関の告示基準」というものに則って開設されます。この法務省告示日本語教育機関は792機関(2020年3月26日現在)あり、在籍する学生は約11万人、教員は約1万人います。この告示とは、在留資格「留学」の付与要件の一つなんです。つまり、文部科学省による教育機関としての位置づけではないんですね。
――告示基準ではどのようなことが定められているのでしょうか。
1クラスの学生定員は20人以下、授業の1単位時間は45分以上、授業は週20単位時間以上で年間760単位時間以上、教員の要件など細かく規定されています。これらは日本へ留学してくること、対面で授業が行われること、そして日本の大学などへの進学を前提にしていると言っていいでしょう。
――オンライン授業については何か規定があるのでしょうか。
告示基準の中には特に記載はありません。文科省からは5月に遠隔授業について、専修学校設置基準では対面授業を想定しているが特例的な措置として遠隔授業の弾力的運用を認める旨の通知が出されています。この特例的な措置というのも、その時点では、「コロナは直に収束するからそうすれば不足分は補講等すればいい」という意識だったのかもしれませんが、ウィズコロナの時代になりつつある現状では再考が必要かもしれません。
――日本語学校に限りませんが、日本の教育を取り巻く法制度が今回のコロナのような事態は想定していないわけですね。
日本語学校の制度設計を考える上で、適正化という観点から大学等へ進学するためのコースについての告示基準は必要だとは思いますが、日本語学校の教育の質の保証という観点からの制度設計が、喫緊の課題として今、求められているのではないかと思います。
そもそも日本語学校のアイデンティティは何なのか
――次に、②日本語学校のアイデンティティへのインパクトについて教えてください。
日本語学校の大きな役割は、これまでは海外から学生を受け入れて、一定期間教育をして、大学などを進学させるということだったと思います。しかし海外からの外国人の入国禁止が続く中で、役割の見直しが迫られているように思います。日本語学校の存在意義が改めて問われていると言ってもいいでしょう。
――そもそも、海外から学生が日本に留学するということ自体が難しくなっているわけですが、「留学」について再定義しなければならないかもしれませんね。
留学とは「今いる場所から何らかの形で移動して学ぶ」ということだと思います。これまではこの「移動」が国境を越える「物理的な移動」、つまりリアル留学だけだったものが、これからはサイバー空間上での「バーチャルな移動」、つまりオンライン留学も含めて考えることになってくるのではないでしょうか。
――学習者はリアル留学かオンライン留学かを選ぶことになるのでしょうか。
二者択一ということではなく、リカレントモデルとして、さまざまな学びのスタイルを自由に組み合わせることが増えていくのではないかと思います。自国でオンライン留学しながら夏休みだけリアル留学したり、日本から帰国した後も自国でオンラインで学びを継続したり、学習者のニーズに合わせたさまざまなスタイルが生まれてくると思います。これも、リアル留学のみを前提にしている現状の制度設計では、さまざまな問題が生じてくるでしょう。特にオンライン留学で行われる教育の質の保証は、法務省出入国在留管理庁が関与するところではありません。学習者が物理的には入国しないわけですから。
――そのような日本語学校の存在意義は、各学校や経営者が考えるべき問題なのでしょうか。
もちろん各学校や経営者が考えるべき問題ではありますが、同時に日本語学校全体としても考えるべき問題だと思います。「日本語学校教育論」として、日本語学校の本質的な社会的役割は何なのかを関係者間で対話していくべきだと思います。その中で一定の共通理解が得られたもの、対話の先に見えてくるものが、これからの日本語学校の新しい役割なのではないでしょうか。
オンライン化で生まれるもの、失くすもの
――最後に、③日本語教員へのインパクトですが、ここは多くの日本語教師にとって関心の高いところではないかと思います。
日本語教員に限りませんが、オンライン化が進むことで働き方も変わっていきます。日本語教員でも、「専任でも一定の時限つき」「非常勤でも個人事業主」など、いろいろな形が生まれつつあります。また、オンライン化が進むことで教える場所の制約がなくなりますので、教師と教師のアライアンスによるオンライン授業の請負なども進むと思います。
――いろいろと柔軟な働き方ができるようになるということですね。
その一方で、オンラインで教える場所の制約がなくなるということは、競争にもさらされることにもなります。世界中から特定の優秀な教員(群)のところに学習者が集中してしまう恐れもあります。AIによる代替なども進むかもしれません。これまでの制度設計によって守られてきたところが、逆に守られなくなるかもしれません。
――日本語教師にもいろいろな影響がありそうですね。
他にも、新人教師や教師間の研修機会の減少というのは大きな問題だと思います。これまで対面であれば普通にできていた、授業後の教員室での雑談、文脈を共有した教師間の対話、インフォーマルなコミュニケーションで生まれる創造的アイデアなどを何で代替するのかを考えなければならないと思います。また、最近ではオンラインで日本語教師デビューした新人教師が、対面になって逆に戸惑っているといった話も聞いています。
――対面に慣れているベテラン日本語教師がオンライン化に戸惑うのと逆の現象もあるのですね。
人と人が対面することの価値も改めて見直されると思います。同じ場所にいて空気感を共有することはこれまで当たり前のことだったわけですが、実はそこに大きな価値があったのだということに私たちは気づき始めているのだと思います。
大きな枠組みで考えれば、日本が提唱している未来社会のコンセプトにソサエティ5.0というものがあります。日本が直面する人口減少や少子高齢化などの社会的な課題を、デジタル革命、教育や働き方改革、SDGsなどを通して解決し、持続可能な社会を創っていこうとする動きです。日本語教育もこの大きな流れの中で、またコロナによりいろいろな課題があぶり出されている中で、大きな転換期を迎えているものと思われます。
――本日は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました。
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