検索関連結果

全ての検索結果 (0)
福岡・元岡公民館にユニークな日本語教室が立ち上がるまで

2019年11月、福岡・元岡公民館に学習者と日本語ボランティアが集まり、楽しいポットラック(持ち寄り)パーティーが行われました。日本料理の作り方をやさしい日本語で説明するボランティア、お国の自慢料理を習った日本語で一生懸命に説明する留学生。皆でおいしくお昼を食べた後は、ボランティアが日本語を個別支援します。そのスタンスは、日本語を教えることより先に、参加者の困りごとを解決すること。ユニークな日本語教室が立ち上がるまでをご紹介しながら、地域の外国人支援の在り方を考えます。(編集長)

元岡小学校・針間校長、動く

人口160万人の福岡市は7つの区に分かれます。その最西部に位置する元岡校区には、糸島平野の長閑な田園地帯が広がっていました。ここに14年前より九州大学のキャンパスが移転を開始し、田畑の一部は宅地や道路に変わり、また区画整理事業などにより新しいまちが形成されていきました。

現在では、これまでの歴史のあるまちと新しくできたまちが混在する人口1万2000人の校区になりました。九州大学の新キャンパスは昨年9月に移転を終え、多くの留学生を身近に見かけるようになりました。研究者の子供たちは、元岡校区の中央にある元岡小学校に通うようになりました。ちょうどその頃、元岡小学校に校長として赴任してきたのが針間徹さんでした。

「元岡小学校に来る前はシンガポール日本人学校で教鞭をとり、福岡県国際理解教育研究会で異文化教育の研究をしていました。今後、九州大学の外国人が増えていけば、その子供達は元岡小学校に通ってきます。九州大学ときちんと連携することで外国人が住みやすい町にしていくのはもちろん、そのことを小学校の多文化理解教育にも生かしていきたいと思いました」。この針間さんの問題意識から物事は少しずつ動き始めました。

針間さんは九州大学で日本語教育と多文化共生教育が専門の松永典子教授に連絡を取りました。すぐに二人は意気投合。まずは小学3年生の総合的学習の時間に、松永さんに頼んで元岡小学校に留学生約30名を連れて来てもらいました。6年生の総合的学習の時間には、キャリア教育として留学生に「なぜ私は日本に来て、自分の専門を学んでいるのか」という話をしてもらいました。子供たちは、すぐに留学生に慣れて、廊下ですれ違うと「ハロー!」と大きな声で挨拶するようになりました。そして子供から親、地域にも、多文化を受入れる雰囲気が広がっていきました。

「小学校と大学の連携は、やがて福岡市西区役所の方にもその気持ちが伝わっていきました」と、針間さんは当時を振り返ります。「福岡市西区役所の方に、我々の活動を紹介する機会がありました。そして、日本語支援の必要性を訴えたのです。そうしたところ、福岡市西区役所でも同じような問題意識を持っていることが分かりました。そして、何と福岡市西区役所として私たちの活動を応援したいということになったのです」

シンガポールに赴任していた時に「外国人」として味わった寂しさを、同じように味わっている留学生の気持ちに思いを馳せた針間さんは、さまざまな関係者をつないでいきました。

福岡市元岡公民館・浜地館長、応える

日本語支援活動を応援したいと言った福岡市西区役所の担当者がまず連絡したのは、元岡公民館でした。元岡公民館は2018年に新築移転したばかりの、まだ青畳の匂いが残る新しい公民館で、元岡小学校の道路を隔てた真向かいにあります。浜地和夫館長も新公民館の竣工と同時に着任しました。元岡公民館は、地域コミュニティ活動の拠点として住民に施設を提供し、学習機会の提供を通して地域の人材を育成し、地域の団体や機関と連携して住民の交流活動を促進することを役割としています。この元岡公民館を会場にして、後述の日本語ボランティア養成講座や元岡国際交流ひろば(日本語教室)は行われています。

元岡公民館は単に会場を提供するだけではありません。浜地館長は元岡校区の民生委員*1の方々に、日本語ボランティアとして活動に参加するように積極的に働きかけたそうです。そしてそのことが、この元岡国際交流ひろばの日本語教室の性格を特徴づけることにもなりました。「元岡校区はもともと横のつながりの強い地域なんです。困ったことがあったらお互い助け合うような、古き良き日本の習慣が残っています。留学生が困っているのなら、それを皆で何とかしようじゃないかというのは自然な流れでした」

元岡国際交流ひろばに先立って、まずは2019年6月~9月に日本語ボランティア養成講座が開かれました。この養成講座のプログラムは、松永さんやNPO多文化共生プロジェクト代表の深江新太郎さん、さらにアルクも協力して作成されました。ボランティア養成講座の参加者は約30名。自治会長や町内会長、元岡小学校の先生、小学生の父兄、民生委員の皆さん、九州大学の学生、そして地元の皆さんという多彩な顔触れが揃いました。

そしていよいよ10月から元岡国際交流ひろば(日本語教室)が始まりました。そこでの活動は、「日本語を教えること」よりも「地域で困っていること」を解決することを出発点にしています。その「地域で困っていること」の一つに日本語支援もある、というスタンスです。困っていることを住民が一緒に解決することで、地域での生活を皆で楽しく、豊かにすることを目指しています。

地域のボランティア、続々と集まる

ボランティアには多彩な顔触れが集まりましたが、ここで何人かご紹介します。

山下なぎささん

本業は鍼灸師。現在、ホームページの作成など、元岡国際交流ひろばを支えているメンバーの一人です。山下さんは2016年に故郷で起きた熊本地震に災害支援ボランティアとして入った時の避難所の風景が強く心に残っているそうです。

「避難所では、皆ストレスが溜まっていることもあり、ささいなことがトラブルの原因になりました。世代や文化の違い、日本語の表示が読めないことから起こる『ルール違反』などです」

「その一方、孤立している地域でも隣近所で食べ物を分け合ったりして、何とか凌いでいる地域もありました。その時に思ったのは、日頃から地域で顔の見える横のつながりを作っておけば、いざという時に問題が起きにくいのではないかということです」

「留学生や研究者の中には日本語があまり上手ではない人もいます。そういう人たちが、何か分からないことや不安なことがあれば、大学では聞きづらいこともあるでしょう。でも、地域のお父さん、お母さんになら何でも聞ける、留学生が安心できる場にしたいと思っています。例えば、何曜日にスーパーが安いかとか(笑)です。ここは日本語学校ではないし、我々も日本語の専門家ではないのです」

石本暖さんと周詞芙美香さん

二人とも九州大学共創学部の1年生。前期に松永教授の授業を取って日本語教育に関心を持ち、元岡国際交流ひろばに参加することになりました。

「学習者はとても意欲が高く、いろいろなことを質問されます。我々が日本語を教えているというよりは、我々のほうがいろいろなことに気づかされて、勉強させてもらっているといった感じです」

「文法的なことよりも、日常よく使う、簡単な日本語なのに気づかないようなことをよく聞かれます。例えば、マンションのエレベーターで一緒になった日本人が下りる時に何か言っているが何と言っているのか知りたいとか、『よろしくお願いします』はどういう意味か、などです。日頃よく使っている言葉なのに、うまく説明できませんでした」

「同じボランティアとして活動している地域の方々は、人生経験も豊富でいろいろなことをよくご存じです。それに、こうした活動に参加されているのは心の温かい人が多い。自分たちとは世代は違いますが、そういった違う世代の人たちと話せる機会は少ないので、元岡国際交流ひろばに来ると知見が広がります。日本人だけではなく、日本語が上手な留学生の方々も教材作成などプログラムコーディネーターとして関わってくれています」

九州大学の松永研究室からは、留学生家族のための日本語教室での活動(日本語教育実習を兼ねた実践)経験をベースに、養成講座での活動のデモ披露、学習者の募集・名簿管理、初級レベルの教材提供など、ボランティアをサポートしています。

地域日本語教室のこれから

2019年に成立・施行した「日本語教育推進法」では、第5条に地方公共団体の責務が以下のように明記されています。

地方公共団体は、基本理念にのっとり、日本語教育の推進に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の地域の状況に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有すること。

この条文に則り、これから全国の各地域で日本語支援活動が活発になっていくでしょう。その時に、地域の日本語教室はどのような役割を担っていけばいいのでしょうか。そのヒントが元岡国際交流ひろばのストーリーの中にあるような気がします。

地域に住む多様な人たちが、現実的な問題意識から考え、行動しました。行政はその動きをバックアップし、公民館や民生委員が積極的に動きました。小学校の校長先生は留学生を小学校に招き入れ、自らも日本語ボランティアとして参加し、他の先生方やPTAがそれに続きました。地域の方々は留学生のお父さん、お母さんとして、困りごとの相談に応じ、日本語を支援しました。大学の研究室にも意欲的な大学生が集い、活動に参加していきました。国籍、年代、職業を超えて、さまざまな交流が生まれ、それが地域の活力にもなっていきました。関わるすべての方々が各々大切な役割を果たし、連携することで、他に二つとないユニークな地域の日本語教室が生まれました。

地域の外国人の取り巻く状況や抱える課題は、地域によってさまざまでしょう。であるならば、地域の日本語教室はその地域の課題から出発すべきではないでしょうか。その際に、もちろん日本語のニーズも出てくるでしょう。それ以外にもいろいろな課題が出てくるでしょう。そういったことも含めて受け止められる、あるいは一緒に考えられるような場になれば、素晴らしいと思います。それぞれの地域の日本語教室は、他地域にはない、それぞれがユニークな教室になると思います。

もちろん、元岡国際交流ひろばにもさまざまな課題があります。まずは予算的なこと。福岡市の補助は2019年度だけなので、2020年4月からは運営資金のことを考えなくてはなりません。集まっているボランティアの方々の中に日本語教育の経験のある人は少ないので、教材分析や作成もまだ手探りです。ボランティアの入れ替わりもあるでしょうから、継続的な研修も必要でしょうし、組織的な役割分担なども必要なのかもしれません。

元岡公民館の講堂で行われたポットラックパーティーには、食べきれないほどの多くの料理がテーブル狭しと並びました。新米のおにぎり、唐揚げ、ちらしずし、いなりずし、卵焼き、鶏のコーラ煮、大学芋、生姜焼き、根菜サラダ、肉じゃが、金平ごぼう、たこ焼き、団子、餡団子、串団子、餅、どら焼き、シフォンケーキ、、、

学習者が日本語教室に求めているものは何なのか、地域の日本語教室とはどうあるべきなのか、おいしくて心温まる持ち寄り料理のお相伴にあずかりながら、あれこれ考えた秋の一日でした。

*1:民生委員法に基づいて厚生労働大臣から委嘱された非常勤の地方公務員。社会福祉の増進のために、地域住民の立場から生活や福祉全般に関する相談・援助活動を行っており、100年以上の歴史を持つ制度。全ての民生委員は児童福祉法によって「児童委員」も兼ねている。

関連記事


日本語教師プロファイル岡宮美樹さん―「日本語」にこだわりすぎない日本語教師でいたい

日本語教師プロファイル岡宮美樹さん―「日本語」にこだわりすぎない日本語教師でいたい
今回「日本語教師プロファイル」でご紹介するのは長野県にお住いの岡宮美樹さんです。岡宮さんは長野工業高等専門学校の留学生に教えながら、長野県地域日本語教育コーディネーターや「にほんごプラス」の主催者としてもご活躍です。最近、草鞋を履き過ぎて忙しいとおっしゃる岡宮さんにこれまでのキャリアやこれからやりたいことについて伺いました。

日本人主導の交流を壊し、対等な関係性をめざした多文化えんげきワークショップとは(北海道江別市)

日本人主導の交流を壊し、対等な関係性をめざした多文化えんげきワークショップとは(北海道江別市)
2024年3月1日に、地域にほんごどっとねっと主催のトークサロン「学習者が来なくなった日本語教室、どう立て直す?」がオンラインで開催され、約 100名の参加がありました。北海道で活動する平田未季さんが話題提供を行った本トークサロンのエッセンスをご紹介します。(深江新太郎)