2021年10月15日に行われた「地域日本語教育シンポジウム 日本語学習支援者の可能性を考える」(主催NPO多文化共生プロジェクト、協力アルク・凡人社)には、400名を超えるお申込みがあり、大きな反響を呼びました。このシンポジウムでは、地域の日本語教室をサードプレイスとしてとらえ、そこでの日本語学習支援者について考えていきました。本コラムでは、このシンポジウムのエッセンスをお伝えします。(深江新太郎:多文化共生プロジェクト)
はじめに―日本語教室をサードプレイスとしてとらえる
一般に日本語教室は、「日本語を学べる場所」と考えられていますが、地域の日本語教室は、地域とのつながり、交流、生活上の支援を行うなど様々な役割を担っています。そこで、本シンポジウムでは、日本語教室をサードプレイス(職場でも学校でもなく開かれた居心地よい場)としてとらえ、そのサードプレイスとしての日本語教室で日本語学習支援者(以下、支援者)はどのような可能性を持てるかに焦点を当てました。
1 地域の日本語教育活動のエピソード / 石川 多美子
ふくおか地域日本語の会の代表である石川さんの発表では、石川さんが福岡で支援者、地域日本語教育コーディネーターとして活動してきた事例を基に、そのエピソードが語られました。支援者として活動を行う以前に根底にあったものという話の中では、女医さんでしかお産ができないムスリム女性の苦労に接したことが挙げられ、生活面にも配慮できる支援の場が必要と痛感したことが原点であることが分かりました。また都市圏から離れた地域で日本語教室の立ち上げに携わった事例では、学習者が来なかったときは支援者たちだけで勉強を続けていた姿や教室活動のひとこまに支援者が工夫して水墨画や花札を紹介したエピソードがありました。最後に学習者に対するよりよい支援につながるように、支援者が共に考え、活動していきたいと立ち上げたふくおか地域日本語の会の話では、コロナ禍で見つけたものが語られました。コロナ禍において、日本語教室は対面で行えなくなり、支援者は活動が制限されました。その中で、石川さんは、Zoomを活用して支援者が集まる井戸端会議を月1回、始めました。その集まりは仲間とつながり合う楽しみの場となり、コロナ禍において支援者にとって癒しとなりました。まさに支援者が気力を取り戻すサードプレイスと言えます。
2 支援者の享受するもの / 鴈野 恵
筑紫女学園大学で大学生を対象に日本語教員養成を行っている鴈野さんの発表では、支援者が何を享受しているのかに焦点が当たりました。これまで学習者が何を得ているのか着目されることが多かった中で、支援者が受け取っているものに着目した内容は新鮮でした。支援者の中でも、特に65歳以上の年代に焦点を当て、エリクソンの心理社会発達理論とマクラスキーの高齢者学習ニーズ論を理論的な背景として、支援者として活動を行う高橋さん(仮名)のインタビューが考察されました。高橋さんの話の中には、「人はいくつになってもだれかに認められたい、自分自身も自分のやっていることに満足して生きていきたいものではないですか」などがありました。考察の結果、高橋さんのインタビューから、地域や他者の力になりたいという貢献的ニーズと過去の自分以上の存在でありたいという超越的ニーズが特に該当することが分かりました。まとめでは、日本語教室を支援者が目的を持ちかつ自発的に行う目的交流型のサードプレイスとして位置づけると同時に「支援者の善意に頼るのではなく支援者にこそ享受できるものがある」というまなざしの移行が多文化共生社会に向けた次の一歩ではないか、と提案がありました。
3 支援者が地域にもたらす可能性 / 高栁 香代
多文化共生ネット・九州の主宰として宮崎を拠点に活動する高栁さんの発表では、サードプレイスという考え方を手がかりに地域の日本語教室の担い手を広げていくことの意義に焦点が当てられました。支援者の役割が「日本語を教えること」で教室が「日本語を学ぶ場」として固定されると、日本語教室は閉鎖的となります。多くの人が利用できる、社会的地位を気にせず交流できるなどの特徴を持つサードプレイスとして日本語教室の可能性を拡大してみると、多様な人たちが在住外国人の支援に携われることが分かります。その一例として、宮崎市の「まちんなか国際交流協会」(現在は休会中)が挙げられました。活動コンセプトの一つは、「てげてげ」です。「てげてげ」は、宮崎の地域言葉で、「ゆるーく・ほどほど」という意味があります。「日本語を介した交流活動」「食でつながる」をテーマにした活動を行うメンバーは、多様な地域住民です。ある回の活動では参加者が約100名に達しました。サードプレイスとして日本語教室を考えることで、スポーツを一緒にすることや畑で一緒に作物を育てることが交流になったりします。すると、多文化共生社会の担い手である支援者は、教室で日本語を教える人に限定されず、大きく開けてきます。
4 支援者と日本語教室の可能性を広げる / 深江 新太郎
私の発表では、日本語教室をサードプレイスとして考える意義と課題をまとめ、支援者と日本語教室の可能性をどう広げるかを考えました。日本語教室をサードプレイスとして考えることで、外国籍住民の孤立を解決する機能を持つことや人と人が対等な関係で交流できること、会話が主の活動であることが明確になります。しかし一方で、①雑談だけで十分な支援となるのか、②外国籍住民は日本人住民に比べ幸せに暮らすのに障壁があるため単に対等と言えない、という課題もあります。そこで、①に対し支援者が聞く技能を伸ばすこと、②に対し日本語教室は地域福祉の場、という観点を加味することを提案しました。外国籍住民が日常生活で困っていることを解決したり、実現したいことかなえたりするためには、まず相手の思いや考えを聞かなければなりませんが、これまで「外国籍住民の不十分な日本語をどう聞くか」はあまり着目されてきませんでした。また外国籍住民は、日常生活で日本人住民なら当たり前にできることが行えなかったり、不当な労働環境に置かれたりする社会的マイノリティとなることが多いと言えます。したがって日本語教室は、幸せに暮らすのに障壁がある人たちに支援を行う地域福祉として位置づけられ、その場において支援者は相手の困っていることや実現したいことを聞くことがまず必要と提案を行いました。
シンポジウムの後で―日本語教師の可能性
シンポジウムを終えて、参加者の方から、地域の日本語教室における日本語教師の役割について話を聞けたことも良かったという声が複数ありました。現在、地域の日本語教室には日本語教師が地域日本語教育コーディネーターとして関わり始めています。本シンポジウムの立場から地域日本語教育コーディネーターの役割を整理すると、支援者が中心となって活動を行うために伴走役になれる人と言うことができます。ここには、日本語教師の新たな可能性があると言えます。
執筆 / 深江新太郎(ふかえ・しんたろう)
「在住外国人が自分らしく生活できるような小さな支援を行う」をミッションとしたNPO多文化共生プロジェクト代表。福岡県日本語教育環境整備事業アドバイザー・コーディネーター、文化庁委嘱日本語教育施策アドバイザー。
「聞く技能」についてのコラムはこちら→「学習者の表現を広げる・深める教師力」
◇凡人社オンライン日本語サロン研修会のご案内◇
学習者の「私らしく暮らす」をかなえる教室活動
-『生活者としての外国人向け 私らしく暮らすための日本語ワークブック』を中心に-
日時 :2021年11月13日(土)14時~16時
講師 :深江新太郎
参加費:無料(要予約、11月12日17時までに招待URLを送ります)
申込先:ksakai@bonjinsha.co.jp (担当:凡人社/坂井まで)
タイトルを「オンライン日本語サロン研修会(11/13)」とし、
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